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最高裁判所平成14年2月28日第一小法廷判決・民集第56巻2号361頁

2014-03-24

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主    文

原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

平成9年(オ)第608号上告代理人山口広,同森井利和,同鬼束忠則の上告理由及び平成9年(オ)第609号上告代理人土肥原光圀,同竹内桃太郎,同江川満,同木下潮音,同大澤英雄の上告理由について

1 本件は,ビル管理会社である平成9年(オ)第608号被上告人・同第609号上告人(以下,単に「被上告人」という。)の技術系従業員である平成9年(オ)第608号上告人ら・同第609号被上告人ら(以下,単に「上告人ら」という。)が,被上告人に対し,いわゆる泊り勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間(以下「本件仮眠時間」という。)が労働時間に当たるのに,後記の泊り勤務手当並びに本件仮眠時間中の実作業時間に対する時間外勤務手当及び深夜就業手当しか支払われていないとして,昭和63年2月から同年7月までの期間(以下「本件請求期間」という。)における本件仮眠時間について,労働協約,就業規則所定の時間外勤務手当及び深夜就業手当ないし労働基準法(以下「労基法」という。)37条(平成5年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)所定の時間外割増賃金及び深夜割増賃金の支払を請求した事案である。

2 原審が確定した事実関係は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,不動産の管理受託及び管理受託に係る建築物の警備,設備運転保全等の業務を目的とする株式会社である。
上告人らは,被上告人に技術員として雇用された従業員であり,被上告人が管理を受託した各ビルに配置され,①ビル設備であるボイラー,ターボ冷凍機の運転操作,監視及び整備,②電気,空調,消防,衛生等のビル内各設備の点検,整備,③ビル内巡回監視,④ビルテナントの苦情処理,⑤ビル工事の立会い,⑥記録,報告書の作成等の業務に従事していた。
(2) 昭和63年2月当時の被上告人における労働時間については,労働協約に「職員の就業時間は原則として1日労働7時間,休憩1時間とする。但し,業務の都合により4週間を通じ,1週平均38時間以内の範囲内で就業させることがある。」との定めがあり,上告人らに適用されていた。また,同年4月1日に改正された被上告人の就業規則(以下「改正就業規則」といい,同改正前の就業規則を「改正前就業規則」という。)には「職員の就業時間は原則として1日実働7時間,休憩1時間とする。但し,業務の都合により暦月1ヶ月間を通じ,1週平均38時間以内の範囲内で就業させることがある。なお,暦月1ヶ月間の所定労働時間の算定は年間(4月1日から翌年3月31日)を通じて1週平均38時間以内の範囲内で,事業場毎に季節,職種その他作業の都合により定めるものとする。」との定めがある。
改正前就業規則による勤務区分には,日勤,早番,中番,遅番,16時間勤務,18時間勤務(始業午後3時,終業翌朝午前9時,休憩又は仮眠途中4時間),21時間勤務(始業正午,終業翌朝午前9時,休憩又は仮眠途中7時間)及び24時間勤務(始業午前9時,終業翌朝午前9時,休憩又は仮眠途中10時間)があった。
改正就業規則による勤務区分においては,従来の日勤,早番,中番,遅番に相当する部分は10の勤務区分に分けられ,16時間勤務,21時間勤務(始業正午,終業翌朝午前9時,休憩又は仮眠午後6時から午後7時まで,仮眠途中連続6時間)及び24時間勤務(始業午前9時,終業翌朝午前9時,休憩又は仮眠正午から午後1時まで,午後6時から午後7時まで,仮眠途中連続8時間)は残された。ただし,これらの勤務区分はあくまで原則であり,各勤務先のビルの実情に応じて勤務時間を変えることができるようになっている。
(3) 被上告人においては,労働時間に関する労働協約,就業規則の範囲内で,毎年,暦にあわせて年間,月間の労働時間,休日数を定めており(被上告人においては,「月別カレンダー」と称しており,これをビルの実情に応じて変更したものを「ビル別カレンダー」と称している。),従業員は,これに基づいて作成された具体的勤務割である勤務シフトに従って業務に従事する。
(4) 本件請求期間に適用される被上告人の賃金規定には,所定労働時間を超える時間外勤務をした場合には,時間外勤務手当を支払う旨の定めがあり,労働協約には,「シフト作成時若しくはシフト変更(1週間以前)によりその合計労働時間が月の所定時間を超えるとき1日のシフトを超えた労働時間(シフト残業)」と「シフト変更(1週間未満)の突発作業により生じた労働時間(突発残業)」が時間外勤務手当の支給対象となる時間外勤務として定められている。すなわち,勤務シフト作成時又は1週間以前の勤務シフト変更時に月別カレンダー,ビル別カレンダーで定める月間所定労働時間を超えた労働時間(シフト残業)とあらかじめ定まった勤務シフトを超えて行う残業(突発残業)とが時間外勤務手当の支給対象とされた。
深夜勤務については,昭和63年3月31日以前はいかなる時間帯の勤務を深夜勤務として扱うかにつき就業規則等の定めはなかったが,同年4月1日に改正された被上告人の賃金規定(以下「本件賃金規定」という。)は,午後10時から翌朝午前5時までの時間帯の勤務を深夜勤務とし,深夜就業手当を支給する旨を定めた。
(5) 上告人らの賃金は月給制で,基準賃金と基準外賃金によって構成されており,基準賃金は,年齢に応じて支給される基本給,職能に応じて支給される職能給,勤続年数に応じて支給される勤続給,役職に応じて支給される役名給,資格に応じて支給される職務手当,世帯の状況に応じて支給される生計手当,被上告人が必要と認めた場合に支給される特別手当等により構成され,基準外賃金は,時間外勤務手当,深夜就業手当,泊り勤務手当,休日出勤手当,当直手当で構成されている。
被上告人の賃金規定,労働協約は,時間外勤務手当につき,シフト残業の場合は,基準賃金を156等分した金額に,最初の1時間については1を乗じた金額,それ以降の時間については1.25を乗じた金額で,突発残業の場合は基準賃金を156等分した金額に1.25を乗じた金額で,時間外勤務手当を計算して支給すると定めていたが,実際の適用ではシフト残業の場合も全時間につき1.25を乗じた額を支給していた。本件賃金規定では,月間所定労働時間を超える時間外勤務又は突発作業により当日の所定労働時間を超える時間外勤務をした場合には,時間外勤務手当として超過時間1時間につき基準賃金の156分の1に1.25を乗じた金額を支給すると定められた。
本件賃金規定において,深夜就業手当の支給対象となる勤務及び支給額につき,16時間勤務と保安業務に従事する職員の深夜就業手当に関する定めに規定された勤務を除き,午後10時から翌朝午前5時までの間に勤務した場合には深夜割増賃金として1時間につき基準賃金の156分の1に0.3を乗じた額を支給する旨定められた。
昭和63年4月1日改正前の被上告人の賃金規定には,18時間勤務に就いた場合は1600円,21時間勤務に就いた場合は1900円,24時間勤務に就いた場合は2300円の泊り勤務手当を支給する旨の定めがあったところ,本件賃金規定ではこのうち18時間勤務の部分が削除された。
被上告人においては,24時間勤務における仮眠時間は所定労働時間に算入されておらず,かつ,時間外勤務手当,深夜就業手当の対象となる時間としても取り扱われていなかった。改正就業規則には,これを前提として「仮眠時間中に業務が継続または発生し,そのために与えられなかった仮眠時間は,賃金規定に定める時間外勤務手当を支給する。」との規定が設けられた。なお,従来からも,仮眠時間中に突発作業が発生した場合,実作業時間に対し,時間外勤務手当及び深夜就業手当が支給されてきた。
(6) 上告人らが従事する24時間勤務は,原則として午前9時,午前9時30分又は午前10時から翌朝の同時刻までの勤務であり(ただし,上告人甲,同乙及び同丙が配置されていたLについては午前10時30分から翌朝午前9時30分までの23時間の勤務とされているが,これを含めて24時間勤務という。),その間,休憩時間が合計1時間ないし2時間,仮眠時間が連続して7時間ないし9時間与えられる。
上告人らは,毎月数回24時間勤務に従事するところ,本件請求期間中,それぞれ,第1審判決添付別紙割増賃金対比表の泊り勤務手当の回数欄の回数のとおり,24時間勤務(泊り勤務)に従事した。上告人らの基準賃金は,同表基準賃金欄のとおりであり(ただし,同表(6)の上告人Aの昭和63年3月分の基準賃金は233,880円である。),賃金規定に従った時間外勤務手当,深夜就業手当の単価は,同表各欄の@記載のとおりである。また,上告人らが本件請求期間中に支払を受けた仮眠時間中の実作業時間に対する時間外勤務手当及び深夜就業手当並びに泊り勤務手当の額は,各欄の区分「被告」欄記載の各金額である。
(7) 上告人らが配置された各ビルの管理委託者と被上告人との間の管理委託契約においては,夜間のビル設備の管理につき,被上告人が従業員1名以上をビルに泊り込み配置とすることが契約内容になっている。上告人らは,本件仮眠時間中,各ビルの仮眠室において,監視又は故障対応が義務付けられており,警報が鳴る等した場合は直ちに所定の作業を行うこととされているが,そのような事態が生じない限り,睡眠をとってもよいことになっている。上告人らは,配属先のビルからの外出を原則として禁止され,仮眠室における在室や,電話の接受,警報に対応した必要な措置を執ること等が義務付けられ,飲酒も禁止されている。仮眠時間中に警報が鳴った場合は,ビル内の監視室に移動し,警報の種類を確認し,警報の原因が存在する場所に赴き,警報の原因を除去する作業を行うなどして対応をし,また,警備員が水漏れや蛍光灯の不点灯の発見を連絡したり,工事業者が打ち合せをするために,仮眠室に電話をしてきたような場合も,現場に行って補修をする等の対応をすることとされている。
(8) 上告人らが本件請求期間中の本件仮眠時間中に突発的に実作業の必要を生じてこれに従事し,これについて残業申請をして,所定の手当を受給したことは,2つのビルを除く各ビルについて1回以上あった。また,上告人らは,仮眠時間中に具体的な作業をした場合でも実作業が十数分程度の時間内で終われば,あえて残業申請はしないで済ませており,残業申請がない場合でも,上告人らの配置された各ビルについては,本件請求期間又はこれに近接した時期において,突発的に生じた事態に対応して作業を行うことがあった。

3 以上の事実関係の下で,原審は次のとおり判断して,上告人らの請求の一部を認容し,その余の請求を棄却した。
(1) 上告人らの職務は,もともと仮眠時間中も,必要に応じて,突発作業,継続作業,予定作業に従事することが想定され,警報を聞き漏らすことは許されず,警報があったときには何らかの対応をしなければならないものであるから,何事もなければ眠っていることができる時間帯といっても,労働からの解放が保障された休憩時間であるということは到底できず,本件仮眠時間は実作業のない時間も含め,全体として被上告人の指揮命令下にある労働時間というべきである。
(2) 被上告人と上告人らとの間では,24時間勤務に就いた場合には,実作業がない限りは,基準外賃金としては泊り勤務手当を支給するのみで,本件仮眠時間のうちの実作業に就いた時間以外の仮眠時間については,時間外勤務手当も深夜就業手当も支給しないということが労働契約の内容になっていたというべきであるから,上告人らは本件仮眠時間につき,労働契約のみに基づいて時間外勤務手当,深夜就業手当を請求することはできない。
(3) 上告人らについては,昭和63年2月及び3月については4週を通じての,また,同年4月から7月までは1箇月を通じての変形労働時間制がとられていた。上告人らの法定労働時間は,本件請求期間のうち昭和63年2月及び3月については4週を通じて,同年4月から7月までは1箇月を通じて,いずれも1週平均48時間以内であるから,この時間を超えた労働時間については通常の賃金の125%の時間外割増賃金が支払われるべきであり,また,午後10時から午前5時までの勤務については通常の賃金の25%の深夜割増賃金が支払われるべきである。
そして,割増賃金の基準となる通常の賃金は,上告人らの基準賃金を所定労働時間数で除した金額とするのが相当である。本件請求期間中の上告人らの労働時間からすれば,原判決添付別紙一覧表記載のとおり,上告人Aについては,昭和63年2月1日から始まる4週で12時間,同年4月で19時間,同年6月で19時間,同年7月で2時間30分の法定時間外労働及び同表の深夜労働時間欄記載の深夜労働があり,その余の上告人らについては,法定時間外労働はないが,同表の深夜労働時間欄記載の深夜労働がある。したがって,労基法13条,37条に従って認容されるべき上告人らの法定時間外割増賃金,深夜労働割増賃金は,それぞれ同表記載のとおりとなる。

4 原審の上記判断のうち,(1)及び(2)は是認することができるが,(3)は是認することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 労基法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして,不活動仮眠時間において,労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって,【要旨1】不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして,当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。
そこで,本件仮眠時間についてみるに,【要旨2】前記事実関係によれば,上告人らは,本件仮眠時間中,労働契約に基づく義務として,仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり,実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても,その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから,本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって,上告人らは,本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて被上告人の指揮命令下に置かれているものであり,本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである
したがって,この点に関する原審の判断は正当として是認することができる。被上告人の第一上告理由書記載の上告理由は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
(2) 上記のとおり,本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきであるが,労基法上の労働時間であるからといって,当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく,当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものである。もっとも,労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり,労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから,労働契約の合理的解釈としては,労基法上の労働時間に該当すれば,通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。したがって,時間外労働等につき所定の賃金を支払う旨の一般的規定を有する就業規則等が定められている場合に,所定労働時間には含められていないが労基法上の労働時間に当たる一定の時間について,明確な賃金支払規定がないことの一事をもって,当該労働契約において当該時間に対する賃金支払をしないものとされていると解することは相当とはいえない。
そこで,被上告人と上告人らの労働契約における賃金に関する定めについてみるに,前記のとおり,賃金規定や労働協約は,仮眠時間中の実作業時間に対しては時間外勤務手当や深夜就業手当を支給するとの規定を置く一方,不活動仮眠時間に対する賃金の支給規定を置いていないばかりではなく,本件仮眠時間のような連続した仮眠時間を伴う泊り勤務に対しては,別途,泊り勤務手当を支給する旨規定している。そして,上告人らの賃金が月給制であること,不活動仮眠時間における労働密度が必ずしも高いものではないことなどをも勘案すれば,被上告人と上告人らとの労働契約においては,本件仮眠時間に対する対価として泊り勤務手当を支給し,仮眠時間中に実作業に従事した場合にはこれに加えて時間外勤務手当等を支給するが,不活動仮眠時間に対しては泊り勤務手当以外には賃金を支給しないものとされていたと解釈するのが相当である。
したがって,上告人らが本件仮眠時間につき労働契約の定めに基づいて所定の時間外勤務手当及び深夜就業手当を請求することができないとした原審の判断は是認することができ,上告人らの上告理由は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
(3) 上記のとおり,上告人らは,本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について,労働契約の定めに基づいて既払の泊り勤務手当以上の賃金請求をすることはできない。しかし,労基法13条は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とし,無効となった部分は労基法で定める基準によることとし,労基法37条は,法定時間外労働及び深夜労働に対して使用者は同条所定の割増賃金を支払うべきことを定めている。したがって,労働契約において本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について時間外勤務手当,深夜就業手当を支払うことを定めていないとしても,本件仮眠時間が労基法上の労働時間と評価される以上,被上告人は本件仮眠時間について労基法13条,37条に基づいて時間外割増賃金,深夜割増賃金を支払うべき義務がある。
ア 原審は,労基法上の労働時間に当たる本件仮眠時間が法定時間外労働に当たるか否かを判断するにつき,上告人らについては,4週間ないし1箇月を通じての変形労働時間制が適用されていたとした上,4週間ないし1箇月の単位期間を通じて1週平均48時間を超えて労働させた時間を算出してこの時間の労働を法定時間外労働に当たるとしているので,この点について職権で検討する。
労基法32条の2(平成10年法律第112号による改正前のもの。)の定める1箇月単位の変形労働時間制(昭和62年法律第99号による改正前の4週間単位のものもほぼ同様である。)は,使用者が,就業規則その他これに準ずるものにより,1箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し,1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては,法定労働時間の規定にかかわらず,その定めにより,特定された週において1週の法定労働時間を,又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり,この規定が適用されるためには,単位期間内の各週,各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があるものと解される。原審は,労働協約又は改正就業規則において,業務の都合により4週間ないし1箇月を通じ,1週平均38時間以内の範囲内で就業させることがある旨が定められていることをもって,上告人らについて変形労働時間制が適用されていたとするが,そのような定めをもって直ちに変形労働時間制を適用する要件が具備されているものと解することは相当ではない。もっとも,前記事実関係によれば,被上告人においては,月別カレンダー,ビル別カレンダーなるものが作成され,これに基づいて具体的勤務割である勤務シフトが作成されていたというのであり,これによって変形労働時間制を適用する要件が具備されていたとみる余地もあり得る。しかし,そのためには,作成される各書面の内容,作成時期や作成手続等に関する就業規則等の定めなどを明らかにした上で,就業規則等による各週,各日の所定労働時間の特定がされていると評価し得るか否かを判断する必要があるところであるが,原審はこの点について認定判断をしていない。
また,仮に,上告人らにつき変形労働時間制が適用されることを前提としても,原審のした前記の算出方法も是認することができない。変形労働時間制の適用による効果は,使用者が,単位期間内の一部の週又は日において法定労働時間を超える労働時間を定めても,ここで定められた所定労働時間の限度で,法定労働時間を超えたものとの取扱いをしないというにすぎないものであり,単位期間内の実際の労働時間が平均して法定労働時間内に納まっていれば,法定時間外労働にならないというものではない。すなわち,特定の週又は日につき法定労働時間を超える所定労働時間を定めた場合には,法定労働時間を超えた所定労働時間内の労働は時間外労働とならないが,所定労働時間を超えた労働はやはり時間外労働となるのである。
したがって,本件請求期間中の上告人らの法定時間外労働に当たる時間を算出するには,4週間ないし1箇月を通じて1週平均48時間を超える時間のみを考慮すれば足りるものではなく,本件仮眠時間を伴う上告人らの24時間勤務における所定労働時間やこれを含む週における所定労働時間を特定して,これを超える労働時間を算出する必要がある。
イ 労基法37条所定の割増賃金の基礎となる賃金は,通常の労働時間又は労働日の賃金,すなわち,いわゆる通常の賃金である。この通常の賃金は,当該法定時間外労働ないし深夜労働が,深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金であり,上告人らについてはその基準賃金を基礎として算定すべきである。この場合,上告人らの基準賃金に,同条2項,労働基準法施行規則21条(平成6年労働省令第1号による改正前のもの。)により通常の賃金には算入しないこととされている家族手当,通勤手当等の除外賃金が含まれていればこれを除外すべきこととなる。前記事実関係によれば,上告人らの基準賃金には,世帯の状況に応じて支給される生計手当,会社が必要と認めた場合に支給される特別手当等が含まれているところ,これらの手当に上記除外賃金が含まれている場合にはこれを除外して通常の賃金を算定すべきである。しかるに,原審は,この点について認定判断することなく,上告人らの基準賃金を所定労働時間で除した金額をもって直ちに通常の賃金としており,この判断は是認することができない。被上告人の第二上告理由書記載の上告理由は,この趣旨を含むものとして,その限度で理由がある。

5 以上によれば,原審の判断のうち前記3の(3)の部分には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に所要の審理判断を尽くさせるため,これを原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤
武久)

 

 

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