残業代請求|福岡の司法書士 にじいろ法務事務所

新着情報

最高裁平成15年12月4日第一小法廷判決・集民第212号87頁

2016-09-16

主    文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

上告代理人坂本政三,同高場一博の上告受理申立て理由について

1 本件は,上告人の従業員である被上告人が,産後8週間休業し,これに引き続き子が1歳になるまでの間,1日につき1時間15分の勤務時間短縮措置を受けたところ,出勤率が90%以上であることを必要とする旨を定めた就業規則所定の賞与支給要件を満たさないとして,平成6年度年末賞与及び平成7年度夏期賞与(以下「本件各賞与」という。)が支給されなかったため,上記取扱いの根拠となった就業規則の定めは,労働基準法(平成9年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)65条,67条,育児休業等に関する法律(平成7年法律第107号による改正前のもの。以下「育児休業法」という。)10条の趣旨に反し,公序に反する,あるいは就業規則を不利益に変更するもので被上告人に対して効力を生じないなどと主張して,上告人に対し,本件各賞与並びに債務不履行による損害賠償として慰謝料及び弁護士費用の支払を請求するとともに,選択的に,不法行為による損害賠償として上記と同額の支払を請求している事案である。なお,上告人は,第 1審判決に基づく仮執行の原状回復を申し立てている。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,私立専修学校及び私立各種学校を設置することを目的とする学校法人である。被上告人は,昭和62年3月2日,上告人に期間の定めなく事務職として採用され,平成6年12月当時,書記2級の職階にあった。
(2)被上告人は,平成6年7月8日,男児を出産し,翌9日から同年9月2日までの8週間,産後休業を取得した。その後,被上告人は,上告人の育児休職規程13条に基づいて勤務時間の短縮を請求し,同年10月6日から同7年7月8日までの間,1日につき1時間15分の勤務時間短縮措置を受けた。
(3)上告人は,就業規則として職員就業規則,給与規程及び育児休職規程を定めている。職員就業規則は,「所定労働時間は,休憩時間を除き原則として1日7時間45分とし,1か月(当月16日から翌月15日まで)を平均し,1週40時間以内とする。」(24条),「職員がつぎの各号の一に該当するときは,特別休暇を受けることができる。1号 本人が結婚するとき 5日,2号 子女または兄弟が結婚するとき 2日,3号 配偶者が出産したとき 5日,4号 父母,配偶者および子が死亡したとき 5日,5号 祖父母,兄弟および配偶者の父母が死亡したとき 3日,6号 亡父母,亡夫妻,亡子の法要の場合 1日,7号 職員が出産するとき 産前6週間産後8週間,8号 生理日の就業が著しく困難なとき 就業が困難な期間」(45条),「第45条1号から6号・8号の特別休暇については通常の賃金を支払い,第7号の特別休暇については無給とする。」(47条),「職員の給与については,別に定めるところによる。」(50条)と規定している。これを受けて,給与規程19条は,「学園は毎年,6月および12月に学園の業績を考慮した上,職員(嘱託は除く)に対し勤務成績などに応じて賞与を支給することがある。」(1項),「賞与の支給はつぎの各号とする。1号 6月の賞与は,前年11月16日からその年の5月15日まで,また12月の賞与は,その年の5月16日から11月15日までの期間を対象とする。 2号 前号の期間を満たした者であっても,支給日現在も継続して勤務し,将来とも勤務する意志を有すると認められる者で,かつ出勤率が90%以上の者に支給する。 3号 支給日,支給の詳細については,その都度回覧にて知らせる。」(2項)と規定している(以下,給与規程19条2項2号の「出勤率が90%以上の者」という要件を「本件90%条項」という。)。
また,育児休職規程は,「休職期間は子が満1歳の誕生日の前日までとする。」(5条1項),「育児休職中の賃金は支給しない。」(9条),「休職期間中の日数は欠勤として取り扱い減給とし,給与規程に準ずるものとする。」(11条),「満1歳に満たない子供を養育する職員が育児休職を申し出なく,勤務時間の短縮を申し出た場合には9時00分から16時30分までの勤務とし,期間は第5条に定めるものとする。ただし,短縮した分の時間相当を給与から控除するものとする。また時間外勤務は課さない。」(13条1項),「その他の事項については,育児休業法,労働基準法などの法律に準拠するものとする。」(14条)と規定している。
(4)上告人は,次の内容の平成6年11月29日付け「平成6年度期末賞与の支給について」と題する文書(以下「平成6年度回覧文書」という。)を従業員に回覧した(以下,備考④の条項を「平成6年度除外条項」という。)。

ア 支給日
平成6年度期末賞与を12月16日(金)に下記のとおり支給する。
イ 支給対象者
平成6年9月15日以前に本採用になった職員で,同年12月17日現在も継続して常勤の本採用職員(嘱託は除く)として勤務し,今後も引き続き勤務する意志を有すると認められる者,及び出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が90%以上の者
ウ 支給計算基準
A 平成4年9月15日以前に本採用になった職員
(基本給×4.0)+職階手当+(家族手当×2)-(基本給÷20)×欠勤日数
(BないしDは省略)
職階手当 勤続3年以上の書記は18万6600円
(備考)
① ウのA・B・C・Dについての欠勤日数は,平成6年5月16日より同年11月15日までの期間で算出する。
(②は省略)
③ 遅刻,早退も欠勤日数に加算する。
④ 就業規則第45条第7号,8号の特別休暇については欠勤日数に加算する。
(5)平成6年度年末賞与の支給対象期間である平成6年5月16日から同年11月15日までの期間において,出勤が義務付けられた日数は125日であり,上記支給要件によれば,13日以上欠勤すれば,賞与は支給されないことになる。8週間の産後休業を取得した場合は,40日分が欠勤扱いされることになるから,自動的に支給対象から除外されることになる。上告人は,平成6年12月16日に平成6年度年末賞与の支給を行ったが,被上告人に対しては支給しなかった。
(6)上告人は,次の内容の平成7年6月8日付け「平成7年度夏期賞与の支給について」と題する文書(以下「平成7年度回覧文書」といい,平成6年度回覧文書と併せて「本件各回覧文書」という。)を従業員に回覧した(以下,備考④及び⑤の条項を「平成7年度除外条項」といい,平成6年度除外条項と併せて「本件各除外条項」という。)。

平成7年度夏期賞与を6月29日(木)に下記のとおり支給する。
ア 支給対象者
平成7年5月15日以前に本採用になった職員で,同年6月29日現在も継続して常勤の本採用職員(嘱託は除く)として勤務し,今後も引き続き勤務する意志を有すると認められる者,及び出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が90%以上の者
イ 支給計算基準
A 平成5年5月15日以前に本採用になった職員
(基本給×3.0)+職階手当-(基本給÷20)×欠勤日数
(BないしDは省略)
職階手当 勤続3年以上の書記は5万5700円
(備考)
① イのA・B・C・Dについての欠勤日数は,平成6年11月16日より平成7年5月15日までの期間で算出する。
(②は省略)
③ 遅刻,早退は3回で欠勤1日とし,端数については2回は欠勤1日,1回は欠勤0.5とする。
④ 就業規則第45条第7号,8号の特別休暇については欠勤日数に加算する。
⑤ 育児休職規程第13条の勤務時間の短縮を受けた場合には,短縮した分の総時間数を7時間45分(7.75)で除して欠勤日数に加算する(ただし,0.5未満の端数日については切り捨てる。)。
(7)上記支給要件によれば,平成7年度夏期賞与の支給期間中,1日につき1時間15分の勤務時間短縮措置を受けると,1日当たり約16%の割合で欠勤している計算になるから,それだけで支給対象から除外されることになる。上告人は,平成7年6月29日に平成7年度夏期賞与の支給を行ったが,被上告人に対しては支給しなかった。
(8)上告人においては,従業員の年間総収入額に占める賞与の比重が大きく,被上告人の場合,平成6年度及び平成7年度以外の年度における年間総収入額に占める賞与の割合は,約27%から31%であった。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求のうち本件各賞与の支払を求める部分を認容した第1審判決を是認した。
(1)本件90%条項の趣旨・目的は,従業員の出勤率を向上させ,貢献度を評価することにあり,もって,従業員の高い出勤率を確保することを目的とするものであって,一応の経済的合理性を有している。給与規程は,本件90%条項に関し,回覧文書をもって産前産後休業等の日数及び勤務時間の短縮措置により短縮した時間を欠勤日数に加算することを定めることを許容する趣旨であり,この趣旨を受けて本件各除外条項を定めた本件各回覧文書は給与規程と一体となり,本件90%条項の内容を具体的に定めたものと解するのが相当である。
(2)本件各賞与は,支給対象期間中の労働の対償としての賃金たる性質を有していると解されるところ,労働者が産後休業ないし育児のための勤務時間短縮措置を取得した場合には,法律上,使用者には当該休業期間ないし短縮時間分に対応する賃金支払義務はない。したがって,本件各賞与のうち被上告人が労務を提供しなかった部分に応じた金額が不支給とされたからといって,被上告人が法の容認する不利益を超える不利益を被ったとはいえない。
そこで,本件において,被上告人が被った経済的不利益が労務不提供に対応する部分を超えているか否か,また,その程度について検討すると,被上告人が本件90%条項により本件各賞与を受けられなかったことによる経済的不利益は,甚大であり,ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を控除して考えても,なお相当に大きいものである。そうすると,労働者は,このような不利益を受けることをおもんぱかって勤務時間短縮措置等を請求することを控え,さらには出産を断念せざるを得ない事態が生ずることが考えられ,このような事実上の抑止力は相当大きいものということができるから,労働基準法や育児休業法が労働者に産前産後休業等の権利ないし法的利益を保障した趣旨を没却するものというべきである。
したがって,本件90%条項中,出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し,出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による勤務時間短縮分を含めない旨を定めている部分(給与規程と一体を成す本件各回覧文書の本件各除外条項によって定められている部分)は,労働基準法65条,67条,育児休業法10条の趣旨に反し,公序良俗に違反するから,無効であると解すべきである
本件90%条項は,賞与支給対象者から例外的に除外される者を定めるものであって,本件各賞与支給に関する根拠条項と不可分一体のものとは認められず,上記無効の部分を除外して本件各賞与支給に関する根拠条項を有効とすることは当事者双方の合理的意思に反しないと解されるから,上記無効は一部無効であるにとどまり,本件各賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解すべきである。
(3)産前産後休業期間等を賞与等における減額控除の対象とするか否か及びその基準については,各企業等によってその取扱いがまちまちであり,減額する場合であっても休業した期間の一定日数又は一定割合を出勤扱いとする制度設計もあり得るのであって,休業日数に正比例して賞与をカットすることが一般原則であるとまでは認めるに足りないというべきである。本件においては,本件90%条項を産後休業期間及び育児のための勤務時間短縮措置により短縮した勤務時間に適用する限度で一部無効と判断した場合,上告人における賞与の支給要件及び算定基準について本件各除外条項がない状態に復するのであるから,本件各賞与全額の支払を命ずるのが相当である。
なお,上告人が本件各賞与を支給しない取扱いに及んだことをもって女性に対する差別的意図等に基づくものということはできず,その他本件各証拠によっても,上記差別的意図等の証明は不十分であるから,これを理由とする被上告人の主張は認められない。

4 原審の上記判断のうち,(1)及び(2)は是認することができるが,(3)の本件各賞与支払についての判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)労働基準法65条は,産前産後休業を定めているが,産前産後休業中の賃金については何らの定めを置いていないから,産前産後休業が有給であることまでも保障したものではないと解するのが相当である。そして,同法39条7項は,年次有給休暇請求権の発生要件である8割出勤の算定に当たっては産前産後休業期間は出勤したものとみなす旨を,同法12条3項2号は,平均賃金の算定に当たっては,算定期間から産前産後休業期間の日数を,賃金の総額からその期間中の賃金をそれぞれ控除する旨を規定しているが,これらの規定は,産前産後休業期間は本来欠勤ではあるものの,年次有給休暇の付与に際しては出勤したものとみなすことによりこれを有利に取り扱うこととし,また,産前産後休業期間及びその期間中の賃金を控除しない場合には平均賃金が不当に低くなることがあり得ることを考慮して定められたものであって,産前産後休業期間を一般に出勤として取り扱うべきことまでも使用者に義務付けるものではない。また,育児休業法10条は,事業主は1歳に満たない子を養育する労働者で育児休業をしないものに関して,労働省令で定めるところにより,労働者の申出に基づく勤務時間の短縮等の措置を講じなければならない旨を規定しているが,上記措置が講じられた場合に,短縮された勤務時間を有給とし,出勤として取り扱うべきことまでも義務付けているわけではない。したがって,産前産後休業を取得し,又は勤務時間の短縮措置を受けた労働者は,その間就労していないのであるから,労使間に特段の合意がない限り,その不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず,当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは原則として労使間の合意にゆだねられているというべきである。
ところで,従業員の出勤率の低下防止等の観点から,出勤率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする措置ないし制度を設けることは,一応の経済的合理性を有するものである。上告人の給与規程は,賞与の支給の詳細についてはその都度回覧にて知らせるものとし,回覧に具体的な賞与支給の詳細を定めることを委任しているから,本件各回覧文書は,給与規程と一体となり,本件90%条項等の内容を具体的に定めたものと解される。本件各回覧文書によって具体化された本件90%条項は,労働基準法65条で認められた産前産後休業を取る権利及び育児休業法10条を受けて育児休職規程で定められた勤務時間の短縮措置を請求し得る法的利益に基づく不就労を含めて出勤率を算定するものであるが,上述のような労働基準法65条及び育児休業法10条の趣旨に照らすと,これにより上記権利等の行使を抑制し,ひいては労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合に限り,公序に反するものとして無効となると解するのが相当である(最高裁昭和55年(オ)第626号同60年7月16日第三小法廷判決・民集39巻5号1023頁,最高裁昭和58年(オ)第1542号平成元年12月14日第一小法廷判決・民集43巻12号1895頁,最高裁平成4年(オ)第1078号同5年6月25日第二小法廷判決・民集47巻6号4585頁参照)。
前記事実関係によれば,① 本件90%条項は,賞与算定に当たり,単に労務が提供されなかった産前産後休業期間及び勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与の減額を行うというにとどまるものではなく,産前産後休業を取得するなどした従業員に対し,産前産後休業期間等を欠勤日数に含めて算定した出勤率が90%未満の場合には,一切賞与が支給されないという不利益を被らせるものであり,② 上告人においては,従業員の年間総収入額に占める賞与の比重は相当大きく,本件90%条項に該当しないことにより賞与が支給されない者の受ける経済的不利益は大きなものである上,③ 本件90%条項において基準とされている90%という出勤率の数値からみて,従業員が産前産後休業を取得し,又は勤務時間短縮措置を受けた場合には,それだけで同条項に該当し,賞与の支給を受けられなくなる可能性が高いというのであるから,本件90%条項の制度の下では,勤務を継続しながら出産し,又は育児のための勤務時間短縮措置を請求することを差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ,上記権利等の行使に対する事実上の抑止力は相当強いものとみるのが相当である。そうすると,【要旨1】本件90%条項のうち,出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し,出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は,上記権利等の行使を抑制し,労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから,公序に反し無効であるというべきである。そして,本件90%条項は,賞与支給対象者から例外的に出勤率の低い者を除外する旨を定めるものであって,賞与支給の根拠条項と不可分一体のものであるとは認められず,出勤率の算定に当たり欠勤扱いとする不就労の範囲も可分であると解される。また,産前産後休業を取得し,又は勤務時間短縮措置を受けたことによる不就労を出勤率算定の基礎としている点が無効とされた場合に,その残余において本件90%条項の効力を認めたとしても,労使双方の意思に反するものではないというべきであるから,本件90%条項の上記一部無効は,賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさないものと解される。
(2)ところで,前記事実関係によれば,上告人の給与規程及びこれと一体を成す本件各回覧文書は,平成6年度年末賞与については「(基本給×4.0)+職階手当+(家族手当×2)-(基本給÷20)×欠勤日数」の計算式により,平成7年度夏期賞与については「(基本給×3.0)+職階手当-(基本給÷20)×欠勤日数」の計算式により各従業員の賞与の額を算定し,産前産後休業の日数及び育児のための勤務時間短縮措置による短縮時間分を欠勤日数に加算する旨を定めているというのであるから,本件90%条項のうち,出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し,出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分が無効であるとしても,上記各計算式の適用に当たっては,産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分は,本件各回覧文書の定めるところに従って欠勤として減額の対象となるというべきである。そして,上記各計算式は,本件90%条項とは異なり,賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するにとどまるものであり,加えて,産前産後休業を取得し,又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は,法律上,上記不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず,上告人の就業規則においても,上記不就労期間は無給とされているのであるから,本件各除外条項は,労働者の上記権利等の行使を抑制し,労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず,これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできない。
ところが,【要旨2】原審は,上記3(2)のとおり,本件90%条項のうち,出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し,出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は,権利行使の著しい抑制に当たり公序に反し無効であると判示したものの,本件各除外条項が公序に反する理由については,具体的に示さないまま,直ちに本件各除外条項がない状態に復するとして,上記各計算式を適用せず,上告人の本件各賞与全額の支払義務を肯定した。この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点をいう論旨は理由がある。

5 以上によれば,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,本件においては,原審において判断されていない就業規則の不利益変更及び信義則違反の成否等の点について更に審理を尽くさせる必要があるから,前記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官泉徳治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官横尾和子の意見がある。

裁判官横尾和子の意見は,次のとおりである。
私は,原判決中上告人敗訴部分を破棄差し戻すべきであるとする多数意見の結論に賛成するものであるが,平成7年度除外条項のうち備考⑤については,次の理由により無効であることが明らかであると考えるものである。
「平成7年度回覧文書」は,平成6年11月16日から翌年5月15日までの間の職員の出勤の状況に応じた平成7年度夏期賞与の支給の計算基準を定めているところ,その備考⑤は,育児休職規程第13条に基づき勤務時間の短縮を受けた場合には,その短縮された時間を日数に換算の上,欠勤日数に加えるとしている。備考⑤は,被上告人が平成6年10月6日,上告人において初めて育児のための短縮勤務を開始し,引き続き短縮勤務を行っていた同7年6月8日付けで,新たに定められたものである。
このような時点において被上告人のみが対象となる不利益となる規定を遡及適用することは,特別休暇を取得するに際しての判断を誤らせる可能性があり,公序に反するものであり,備考⑤は,無効というべきである。

裁判官泉徳治の反対意見は,次のとおりである。
私は,本件上告は理由がなく,これを棄却すべきものと考える。
1 本件事案の概要は,次のとおりである。
(1)上告人の従業員である被上告人は,平成6年7月8日に出産し,翌9日から同年9月2日までの間,職員就業規則45条7号の規定に基づく特別休暇(以下「出産特別休暇」という。)を取得し,同年10月6日から同7年7月8日までの間,育児休職規程13条の規定に基づく育児短時間勤務(1日の勤務時間を1時間15分短縮した勤務)をした。
(2)給与規程は,賞与につき,19条2項において,「①6月の賞与は,前年11月16日からその年の5月15日まで,また12月の賞与は,その年の5月16日から11月15日までの期間を対象とする(以下,この期間を「対象期間」という。)。②前号の期間を満たした者であっても,支給日現在も継続して勤務し,将来とも勤務する意志を有すると認められる者で,かつ出勤率が90%以上の者に支給する。③支給日,支給の詳細については,その都度回覧にて知らせる。」と規定している。
(3)平成6年11月29日付けの平成6年度回覧文書は,同年12月16日支給の同年度期末賞与につき,支給対象者として,上記の給与規程19条2項②を具体化して「出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が90%以上の者」とし,支給計算基準として,「(基本給×4)+職階手当+(家族手当×2)-(基本給÷20)×欠勤日数」とした上,備考④として,「就業規則第45条第7号,第8号の特別休暇については欠勤日数に加算する。」との規定(以下「備考④」という。)を付加
している。
(4)平成7年6月8日付けの平成7年度回覧文書は,同年6月29日支給の同年度夏期賞与につき,支給対象者として,上記(3)と同じ定めをし,支給計算基準として,「(基本給×3+職階手当)-(基本給÷20)×欠勤日数」とした上,備考④に続く備考⑤として,「育児休職規程第13条の勤務時間の短縮を受けた場合には,短縮した分の総時間数を7時間45分で除して欠勤日数に加算する。」との規定(以下「備考⑤」という。)を付加している。
(5)上告人は,被上告人については,平成6年度期末賞与の対象期間内に備考④で欠勤扱いとなる出産特別休暇があり,また,平成7年度夏期賞与の対象期間内に備考⑤で欠勤扱いとなる育児短時間勤務の短縮時間があることにより,上記の支給対象者に関する「出勤率が90%以上の者」との定め(本件90%条項)に適合しないとして,本件各賞与を支給しなかった。
(6)上告人においては,従業員の年間総収入額に占める賞与の比重が大きく,被上告人の場合,平成6年度及び平成7年度以外の年度における年間総収入額に占める賞与の割合は,約27%から31%であった。

2 上告人の主張と原判決等の判断は,次のとおりである。
(1)上告人は,1審において,被上告人は上記1(5)のとおり本件90%条項に適合しないから支給対象者に当たらないと主張したが,1審判決は,備考④及び備考⑤は労働基準法65条及び67条並びに育児休業法10条の趣旨に反し公序良俗に違反するから無効であるとして,上告人に対し,被上告人への平成6年度期末賞与77万4500円及び平成7年度夏期賞与48万7800円の支払を命じた。
(2)上告人は,原審において,仮に備考④及び備考⑤を本件90%条項に適用することができないとしても,備考④及び備考⑤を上記1(3)及び(4)の支給計算基準の定め(以下「本件支給計算基準条項」という。)に適用することは許され,それによると被上告人の平成6年度期末賞与は46万3640円(出産特別休暇40日分と育児短時間勤務による短縮時間4日分を欠勤日数に加えて計算したもの),平成7年度夏期賞与は35万1570円(育児短時間勤務による短縮時間19日分を欠勤日数に加えて計算したもの)になるとの主張を追加した。これに対し,原判決は,備考④及び備考⑤は労働基準法65条及び67条並びに育児休業法10条の趣旨に反し公序良俗に違反するから無効であり,備考④及び備考⑤が無効である以上これを本件支給計算基準条項に適用する余地はないという趣旨の判断をして,控訴を棄却した(原判決は,説示において若干明確性を欠くうらみがあるが,「給与規程と一体をなす本件各除外規定(注:備考④及び備考⑤を指す)によって定められている部分は,」「公序良俗に違反するから,無効である」「無効と判断した場合,控訴人における賞与の支給要件及び算定基準について本件各除外規定がない状態に復するのであるから,被控訴人主張の賞与全額の支払を命じた原判決に不合理はなく」としており,上記の趣旨の判断をしているものと解することができる。)。
(3)多数意見は,備考④及び備考⑤を本件90%条項に適用することはできないが,本
件支給計算基準条項に適用することは許されるとする趣旨である。

3当審は,原判決において適法に確定した事実に拘束されるが,原審の口頭弁論調書により当事者間に争いがないことが明白な事実も事実資料として斟酌することができ(注解民事訴訟法第2版(9)565頁,判例評論289号187頁参照),また,本件記録中の上告人の就業規則類も法的規範性を有するものとして斟酌することができる。これらによると,次の事実等を指摘することができる。
(1)本件各回覧文書の支給対象者に関する本件90%条項(給与規程19条2項②と同じ規定)及び本件支給計算基準条項と同趣旨の定めは,賞与に関する従前の回覧文書から既に存在していたものである。
(2)備考④は,平成4年に至って初めて上告人の女性従業員で妊娠して出産特別休暇の取得を予定するものが出たことから,これに対応するため同年度期末賞与に関する回覧文書から付加されたものである。
(3)職員就業規則3章4節は,「休暇」と「欠勤」とを区別した上,「特別休暇」として,45条の3号で「配偶者が出産したとき 5日」(以下「配偶者出産特別休暇」という。),7号で「職員が出産するとき 産前6週間・産後8週間」(出産特別休暇),8号で「生理日の就業が著しく困難なとき 就業が困難な期間」(以下「生理特別休暇」という。)等を掲げ,47条において,出産特別休暇は無給とし,配偶者出産特別休暇及び生理特別休暇は有給とすることを規定した上,48条以下において,「欠勤」について規定している。備考④は,このように「特別休暇」である出産特別休暇及び生理特別休暇を,賞与に関しては欠勤扱いにするものである。
(4)備考⑤は,被上告人が上告人の女性従業員として初めて育児短時間勤務をしたことから,これに対応するため平成7年度回覧文書から付加されたものである。
(5)育児休職規程は,「育児休職」と「育児短時間勤務」とを区別した上,育児休職については,9条及び11条において,育児休職中は賃金を支給しないこと,賞与に関しても「休職期間中の日数は欠勤として取り扱い減給」とすることを規定しているが,育児短時間勤務については,13条において,「短縮した分の時間相当を給与から控除する」と規定しているものの,賞与に関しては特に規定していない。
(6)本件各回覧文書は,給与規程を補充して,賞与の計算方法等を定めるもので,就業規則の一部を構成するものである(労働基準法89条参照)。
4 備考④は,上記のとおり,欠勤とは区別される特別休暇の出産特別休暇と生理特別休暇を,賞与の支給に関しては欠勤扱いにするという規定である(特に,生理特別休暇については,本来有給とされているにもかかわらず,これを欠勤扱いにするものである。)。欠勤扱いの結果,出産特別休暇を取得すれば,少なくとも夏期又は期末のいずれかの賞与について,その支給を受けられなくなる。しかも,被上告人のような女性従業員の場合,賞与の額が年間総収入額の中で占める割合は,相当に高率である。この出産特別休暇と生理特別休暇は,取得者が女性に限られるものである。一方,取得者が男性に限られる配偶者出産特別休暇は,賞与の支給に関しても欠勤扱いはされない。また,備考④は,上告人の女性従業員で初めて妊娠して出産特別休暇の取得を予定するものが出たことから,これに対応するためその直後の回覧文書から挿入されたものである。したがって,備考④は,その挿入時期,趣旨,内容からして,女性のみを対象とし,出産特別休暇及び生理特別休暇の取得を労働者の責めに帰すべき欠勤と同視して,これを取得した女性従業員に欠勤同
様の不利益を被らせ,その不利益も高率の賃金減額であって,女性従業員がこのような不利益を受けることをおもんぱかって権利の行使を控え,更には勤務を継続しての出産を断念せざるを得ない事態を生じさせる規定であり,労働基準法65条が女性労働者に産前産後休業の権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものであって,同法3条,4条及び68条並びに雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(平成7年法律第107号による改正前のもの)の精神にも反し,公序良俗違反により無効というべきである。

5 備考⑤は,上記のとおり,欠勤とは区別される育児短時間勤務による短縮時間を,賞与の支給に関しては欠勤扱いにするという規定である。欠勤扱いの結果,育児短時間勤務をすれば,その期間により賞与の支給を受けられない場合が生じる。被上告人のような女性従業員の場合,賞与の額が年間総収入額の中で占める割合は,前述のとおり高率である。育児短時間勤務をする従業員は,ほとんどが女性と考えられる。備考⑤は,被上告人が上告人の女性従業員として初めて育児短時間勤務をしたという事態に対応するため,平成7年度回覧文書から挿入された。したがって,備考⑤も,その挿入時期,趣旨,内容からして,実質的に女性のみを対象とし,育児短時間勤務の短縮時間を労働者の責めに帰すべき欠勤と同視して,これを取得した女性従業員に欠勤同様の不利益を被らせ,その不利益も高率の賃金減額であって,女性従業員がこのような不利益を受けることをおもんぱかって権利の行使を控えるという事態を生じさせる規定であり,育児休業法10条が労働者に勤務時間短縮の措置を受ける権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものである。しかも,備考⑤は,被上告人が育児短時間勤務をした賞与の対象期間(平成6年11月16
日から平成7年5月15日まで)後の同年6月8日になって挿入されたものであって,実際上は,被上告人1人を対象とした一種の遡及適用規定である。このような遡及適用は,法規不遡及の法理,就業規則の周知義務(労働基準法106条参照)に違反する。したがって,備考⑤は,公序良俗違反により無効というほかない。なお,上告人は,平成6年度期末賞与についても育児短時間勤務の短縮時間4日分を欠勤扱いにすべきであると主張するが,当時は短縮時間を欠勤とする規定は存しなかったのであるから,上告人のこの主張は全く理由がない。

6 上告人は,備考④及び備考⑤を本件支給計算基準条項に適用することは許さ
れるべきであると主張する。
(1)確かに,備考④及び備考⑤を本件支給計算基準条項に適用する限りにおいては,これを本件90%条項に適用した場合に比して,被上告人が給与の面で受ける不利益が約3分の1となる。そして,備考④及び備考⑤の公序良俗違反性を判断する場合において,それが従業員に与える不利益の程度は重要な要素であり,これを無視することはできないから,本件支給計算基準条項のみが存在するところに備考④及び備考⑤が付加されたというのであれば,上告人の主張も検討に値しよう。しかしながら,備考④及び備考⑤は,本件90%条項及び本件支給計算基準条項の双方が存在するところに,出産特別休暇を取得したり育児短時間勤務をした女子従業員を賞与の支給対象者から排除する趣旨で,新たに付加されたものであって,本件支給計算基準条項のみが存在するところに付加されたものではない。備考④及び備考⑤は,出産特別休暇の取得を予定し又は育児短時間勤務をする女子従業員が初めて出た段階で,これらの女子従業員を賞与の支給対象者から排除する趣旨で挿入されたものであり,本来「欠勤」とは区別される出産特別休暇及び育児短時間勤務の短縮時間を,賞与に関してのみ欠勤扱いにするもので,しかも備考⑤は被上告人が賞与の対象期間に育児短時間勤務をした後に挿入された一種の遡及適用規定であって,その趣旨及び内容からして備考④及び備考⑤はそれ自体として公序良俗違反で無効というべきものである。備考④及び備考⑤が公序良俗違反により無効なものである以上,これを本件支給計算基準条項に適用する余地はないといわざるを得ない。
(2)また,本件90%条項と本件支給計算基準条項のうち,本件90%条項が無効であるという場合には,本件支給計算基準条項に備考④及び備考⑤を適用して賞与の計算をすることが許されよう。しかし,本件90%条項自体は,以前から存在していた規定であって,出産特別休暇や育児短縮勤務の短縮時間に触れるものではなく,男女にも中立的な規定である。本件で問題となるのは,本件90%条項ではなく,出産特別休暇等を欠勤扱いとする備考④及び備考⑤の有効性である。

7 一般論としていえば,出産特別休暇を取得し,あるいは育児短時間勤務をした従業員について,賞与の計算で相応の減額を行うことも許されるものと解される。しかし,このような減額規定を新たに設ける場合は,就業規則の不利益変更として合理的なものであることが要求される(最高裁昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁参照)。出産特別休暇を取得した従業員等を賞与の支給対象者から当然に排除してしまうというような過度に広範な不利益を課する内容の規定ではなく,減額のみを取り上げた規定にするべきである。その制定については,労働組合等の意見を聴くべきである(労働基準法90条参照)。また,事前に従業員に周知させ(労働基準法106条参照),従業員が権利行使をした後になって遡及適用するのではなく,規定制定後の権利行使者にのみ適用するようにすべきである。

8 なお,本件において,被上告人は,備考④及び備考⑤が合理性のない就業規則の不利益変更であるから無効であるとの主張もしているので,この点について更に審理が必要であるが,その際は,本件90%条項及び本件支給計算基準条項の双方が従来どおり存在するところに備考④及び備考⑤が付加されたことに留意して,その有効性を審理すべきものと考える。

(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 泉
徳治 裁判官 島田仁郎)

 

 

未払賃金請求、未払残業代請求、不当解雇、不当懲戒など個別労働紛争に適切に対応するには、労働法の知識が必要です。労働問題に関する重要な法律知識を身につけましょう。

 

残業代請求のご相談は、福岡・司法書士にじいろ法務事務所

残業代請求のことなら、福岡の司法書士 にじいろ法務事務所 電話受付時間 平日 9:00~18:00