残業代請求|福岡の司法書士 にじいろ法務事務所

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最高裁 昭和48年1月19日第二小法廷 判決・民集第27巻1号27頁

2016-12-22

主    文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理    由

上告代理人荻山虎雄、同浅野義治の上告理由第一点について。

論旨は、要するに、退職金債権の放棄は、労働基準法二四条一項本文のいわゆる全額払の原則に反するばかりでなく、本件退職金債権の放棄は、被上告会社からの強制によるものであるから、上告人のした本件退職金債権を放棄する旨の意思表示を有効と解した原判決は、違法である、というのである。
原審の確定するところによれば、被上告会社に勤務していた上告人は、昭和四一年八月二九日被上告会社との間で雇傭契約を同月末日限り解約する旨約したが、被上告会社の就業規則の規定により算出すれば、上告人が退職時に受領しうるべき退職金は、四〇八万二〇〇〇円であつた、ところで、上告人は、右解約に際し、「上告人は被上告会社に対し、いかなる性質の請求権をも有しないことを確認する。」旨の記載のある書面に署名して被上告会社に差入れたが、当時上告人の被上告会社に対する請求権としては、右退職金債権以外には考えられなかつた、というのであり、原審は、右事実関係に基づき、上告人が退職に際し本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をしたものであると判断しているのであつて、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として首肯することができる。
しかして、右事実関係によれば、本件退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、被上告会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法一一条の「労働の対償」としての賃金に該当し、したがつて、その支払については、同法二四条一項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。しかし、右全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もつて労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものというべきであるから、本件のように、労働者たる上告人が退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。もつとも、右全額払の原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯定するには、それが上告人の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるが、原審の確定するところによれば、上告人は、退職前被上告会社の西日本における総責任者の地位にあつたものであり、しかも、被上告会社には、上告人が退職後直ちに被上告会社の一部門と競争関係にある他の会社に就職することが判明しており、さらに、被上告会社は、上告人の在職中における上告人およびその部下の旅費等経費の使用につき書面上つじつまの合わない点から幾多の疑惑をいだいていたので、右疑惑にかかる損害の一部を填補する趣旨で、被上告会社が上告人に対し原判示の書面に署名を求めたところ、これに応じて、上告人が右書面に署名した、というのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし首肯しうるところ、右事実関係に表われた諸事情に照らすと、右意思表示が上告人の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたものということができるから、右意思表示の効力は、これを肯定して差支えないというべきである。
したがつて、前記各事実関係のもとにおいて、上告人のした本件退職金債権を放棄する旨の意思表示を有効と解した原審の判断は、正当である。
論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚し、または原審の適法に認定した事実に反する事実もしくは原審の認定しない事実を前提にして原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について。
乙第一号証には、本件退職金債権の放棄の趣旨が記載されているとした原審の認定判断は、正当としてこれを是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、正当としてこれを是認することができる。
原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官色川幸太郎の反対意見
があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。

一 原判決の論理は、私の理解するところでは、次のような構造をとつている。
1 請求原因に対する判断
(1)本件退職金は賃金である。したがつて、労働基準法二四条一項の適用を受ける。(2)しかし、上告人は、その請求権を放棄した。
2 仮定抗弁(仮に、放棄したとしても、それは同条項の趣旨とする相殺禁止の脱法行為だから無効だとする主張)に対する判断
(1)同条項は、使用者による一方的相殺を禁止するものである。(2)労使双方の合意による相殺でも、労働者の意思が事実上抑圧された結果であるときは無効である。在職中の相殺はこれにあたる。(3)労働者が従業員たる地位を失つた後またはその地位を離脱するに際してなされたものであるときは、労働者の抑圧された意思によるということは考えられないから、有効である。(4)したがつて、上告人による右放棄が合意による相殺の効果を得るためになされたものであつても無効ではなく、同条項違反の問題はおきない。
(以上のごとくであるが、ただ、原判決を検討すると、合意による相殺について論じている有効無効の限界、すなわち、在職中ならば無効であるが、従業員たる地位を失つた後、またはその地位を離脱するに際してのそれは有効である、との見解が、放棄についても、そのままあてはまるものだとしているのかどうかには疑問がある。あるいは、放棄である以上、合意による相殺とことかわり、退職の前たると否とを問わず当然有効であるとしているものであるのかも知れない。)
これに対し、上告理由第一点は、使用者による一方的相殺はもちろん、相殺契約も無効であり、相殺の目的を達するための放棄も同様であるとなし、原判決は労働基準法二四条一項の解釈適用を誤つた違法をおかしていると主張するものであるが、多数意見は、「本件のように、労働者たる上告人が退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。」と判示したうえで、右論旨を独自の見解にすぎないとして斥けた(私も、放棄が同条項により常に無効になると考えるのではないから、この点に格別異を唱えるつもりはない。)。そして、多数意見が、放棄はすべて有効であるという一般論によつてことを処理することなく、事案に即してその判断を示したことは、評価に値するといえるであろう。

二 ところで、原判決は、賃金たる性格を有する退職金請求権と使用者の労働者に対して有する何らかの請求権との合意による相殺について、労働者が在職中にしたものならばその効力が否定されるべきであるが、従業員たる地位を失つた後またはその地位を離脱するに際しなされたものであるならば、その合意が労働者の抑圧された意思によるとは考えられないから有効である、という。まことに、単純にして明快である。しかし、労働者の意思表示が使用者から抑圧された結果であるかどうかの、認定に甚だ困難を感ずる問題を、かくのごとき機械的標準で割り切ることができるものであるかどうか、多く論ずるまでもないところであろう(多数意見も「退職に際し」ての放棄について説示している。しかし、よもや右と同じく、在職中と退職時との区別に重きをおき、これを唯一の標準として有効無効を判断しようとしたわけではあるまい。)。
もつとも、私は、原判決の説くところがすべて一顧に値せずとするものではない。私の理解に誤りがないとすれば、右の説示は、以下の主張を前提としているものではないであろうか。すなわち、合意による相殺であつても、労働者の当該意思表示が使用者によつて抑圧された結果であるかぎり、その効力は、否定されるということである。もしそうであるならば、これは注目すべき見解たるを失わない。ところで、多数意見は、放棄について、その「効力を肯定するには、それが上告人の自由な意思に基づくことが明確でなければならない」と判示している。自由な意思によらない、瑕疵のある意思表示でも、民法上は取消し得るにすぎないのであるから、賃金債権の放棄について、特にかくのごとき考え方をとる以上、原判決と、ある程度、発想を同じくするものというを妨げず、これならば私も同調をおしむものではない。否むしろ、その点を一層強調したいと考えているのである。

三 労働基準法二四条一項は、賃金の通貨による直接・全額払の大原則を打ち出した。その例外は、但書所定の極めて限られた場合にしか認められていない。そして、使用者による違反に対しては、刑罰の制裁が定められていること、さらに、賃金が労働者の唯一の生活源泉であり、したがつてその支払の確保はまさに公の秩序に関するものであることなどを考えあわせるならば、同条項が強行法規であることは疑をいれないところであり、これに牴触する法律行為は、もとより無効であるといわなければならない。同法一七条は、同法二四条一項の特殊な場合として、いわゆる前借金と賃金との相殺を厳しく禁止しており、したがつて、使用者による一方的相殺はもとより、合意に基づく相殺もその効力を否定されるのであるが、右規定の根本趣旨は、同法二四条一項の解釈においても、これを反映せしめるのが相当である。もし、労働者の任意な法律行為であるという一事をもつて、同条項の適用が全く排除されると解するならば、全額払の原則を無視するものというべきであろう。
例えば、労働者が第三者に自己の賃金請求権を譲渡した場合はどうであろうか。譲渡行為が何ら他人から強制ないし抑圧されたものではなく、労働者の全く自由な意思によつたものであつても、直接払の建前上、使用者としては、当該労働者以外の者に賃金を支払うことは許されず、譲受人もこれを請求する権利が認められないわけであるから(最高裁昭和四〇年(オ)第五二七号同四三年三月一二日第三小法廷判決・民集二二巻三号五六二頁)、譲渡は効力を生ずるに由ないことになる。このことは、自由な意思に基づく法律行為であつてさえ、直接払の原則によつて否定されうることを示すものであつて、本件のような全額払の原則の射程を考える場合にも、同じような解釈態度が要請されるというべきである(なお、放棄がなされると、賃金請求権は消滅するのであるから、全額払の原則を云々する余地がないとする説もあるようであるが、その意思表示が有効であるかどうかが、何よりもまず問題なのである。)。

四 ところで、労働基準法の解釈にあたつては、とくに、以下のことを銘記する必要がある。すなわち、個々の労働者は到底使用者と対等の立場にはないのであるから、個々の労働者の具体的な場合における権利の放棄ないし不行使に、市民間の取引におけると同様の法律効果を安易に認めていたのでは、労働者をして「人たるに値する生活を営」(同法一条)ましめる上で、必然的に欠けるところを生ずる虞れのあることである。同法二四条一項が刑罰の裏付けをもつて、賃金の支払いに関し「最低の」基準を法定し、その原則によることができず、もしくはその適用を免れる必要のある特殊例外の場合には、労働組合もしくはそれに代わる者の同意を得ることを条件にしたごときも、上述の虞れに対する深い配慮のあらわれというべきであろう。私的自治の美名の下に、労働者の使用者に対する屈従を拱手傍観していては、労働基準法制定の趣旨は到底達成できるものではないのである。

五 以上の次第であるから、本件で問題となつたような、相殺の合意または使用者からの要請ないし働きかけによる放棄については、使用者の勢威によつて抑圧されたものでなく、労働者の真に自由なる意思に出た場合にかぎつて、その効力が認められるべきであり、したがつて、その点が明らかでない以上、相殺の合意または放棄の効力は、全額払の原則の本旨に反するものとして否定されなければならないと考える。とくに、放棄の場合は、相殺と異なり、労働者にとつて消滅させるべき自己の債務がなく、失うのみで得るところがないのであるから、放棄が、使用者から抑圧を受けたものでなく、真に自由な意思によるものであると認めるにあたつては、それによつて、当該労働者がいかなる事実上、法律上の利益を得たものであるかなど、労働者がその権利を放棄するにつき合理的な事情の存在したことが明らかにせられなければならないであろう。もしかかる事情が立証されないときは、むしろ逆に、放棄が自由な意思によつたものでないことが推定されるというを妨げない。
ところで、労働者が賃金の全額払の原則という強力な保護立法のあることを知りながら、その庇護下にある自己の有利な立場を敢て自ら一擲し、賃金債権を何らの代償も受くることなく放棄するがごときことは、労働基準法の精神に副わない特殊例外的な法現象である。そうだとすれば、放棄の有効・無効に関しての立証責任は、使用者に負担せしめるのが相当であり、使用者が当該放棄をもつて有効であると主張する場合には、放棄を相当とする合理的事情の存在を立証しなければならないと解するのである。

六 右の見地で多数意見の説くところを検討してみよう。自由な意思によらない放棄の効力を否定しようという態度が窺われることは前述のとおりであるから、立証責任の点を除けば、一般論としては、私の見解としかく離れてはいないように見受けられる。しかし、本件については、多数意見は、(イ)上告人が社内で重要なポストにあつたこと、(ロ)競争会社に就職するための退職であることが被上告会社に判明していたこと、(ハ)経費の使用について書類上つじつまが合わず疑惑があり、その損害の一部補填の趣旨で英文の念書に署名を求めたところ、これに応じたものであること、以上の事実を指摘しただけで、何らの論証をもなすことなく、ただちに、本件の放棄が自由な意思に基づくものであると「認めるに足る合理的な理由が客観的に存在」したという結論を引き出しているのである。私は、これが放棄を有効と認める合理的事情だとは到底考えることができない。上告人が社内で重要なポストにあつたことや、競争会社に就職するものであることを会社側で知つていたということが、どうして自由な意思での抛棄であることを推定せしめる格別の資料になり得るであろうか。会社の幹部職員が競争会社に移つたり引抜かれたりすることは、アメリカならば(被上告会社はアメリカ系であろう。)、日常茶飯事ではないか。上告人が、被上告会社を後にして競争会社に就職するからといつて、何らかの心理的な負い目を感じ、進んで退職金の受給を辞退したものと解すべき事情は、記録上全く見当らないところである。もし、被上告会社の代表者が、それを裏切りであるとか、不徳義であるとか責めたてたものだとすれば、そして上告人が古い日本的感覚の持ち主だつたとすれば、多数意見のいうところも一応筋が通らないわけではないが、しかしその追究叱責が度を過ごした場合には、かえつて逆に自由意思を抑圧したことになりはしないか。経費使用上の疑惑云々については、原判決の認定によれば念書に上告人が署名した際、そのことが明示されたものではなく、また、退職金を右による「損害」の一部補填に役立てるということにしたのかどうかについても記録上何ら窺われず、たかだか被上告会社代表者の内心の意図以上のものではないと考えられるのである。
以上要するに本件においては、原判決が確定し、かつ、多数意見がよつてもつて自由な意思に出たことの根拠とする前示(イ)(ロ)(ハ)の諸事実は、個個としては勿論、これを綜合しても、上告人のした権利放棄がその自由なる意思によるものであることを裏付けるに足る合理的事情というには全く当らないのである。しかも、他にその種の事情の認むべきものがない以上、さきに説示したところに従い、本件の放棄は上告人の自由な意思によるものでないことが推定されるというべく、賃金全額払の原則に照らして、放棄の効力が否定されなければならないと考える。

七 しかるに、原判決は、抑圧された意思による相殺の合意は無効であるとしながら、退職の際におけるそれは、当然に有効だとし、また、放棄するにいたつた経緯についてはほとんど証拠調べをすることなく、したがつて十分な理由を付せずして放棄の効力を認めているのである。それ故、原判決には、労働基準法二四条一項の解釈適用を誤り、審理不尽ひいては理由不備の違法をおかしているものであつて、破棄差戻しを免れないものと考える。

最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官    村   上   朝   一
裁判官    色   川   幸 太 郎
裁判官    岡   原   昌   男
裁判官    小   川   信   雄

 

 

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