残業代請求|福岡の司法書士 にじいろ法務事務所

新着情報

最高裁昭和61年3月13日第一小法廷・集民第147号237頁

2016-11-21

主    文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理    由

上告代理人藤井俊彦、同上野至、同長島裕、同田中一泰、同幸良秋夫、同畑瀬信行、同片桐春一、同山崎久照、同渡辺信行、同川越修一、同小出寛治、同鎌田哲博、同山本毅の上告理由について

一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1(一) 上告人日本電信電話公社(昭和五九年法律第八五号日本電信電話株式会社法附則一一条による廃止前の日本電信電話公社法に基づき設立されたもの。以下「公社」という。)は、本件当時、疾病の予防、罹患者の早期発見、早期回復、保健指導、衛生環境の整備等職員の健康管理を適正に実施し、もつて業務の円滑な運営に資することを目的として健康管理規程を定めていたが、右規程は、職員の健康管理にあたつて職員の疾病状況に対応した有効な施策を講ずること(二条一項)を規定する一方、職員は常に自己の健康の保持増進に努め(二条二項)、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない(四条)として職員の遵守すべき義務を明らかにしている。そして、職員の疾病の予防、保健指導を行うとともに罹患者の早期発見等を行うため配置された健康管理医が検診の結果等により必要と認めたときは、当該職員に精密検診を受けさせなければならないこととし(二四条)、また、検診の結果等に基づき、健康管理医は、管理が必要であると認められる個個の職員(以下「要管理者」という。)につき、病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定し(二六条)、右決定のあつた当該職員を右指導区分に従い個別に管理することとしている。また、右要管理者については、日本電信電話公社就業規則(以下「公社就業規則」という。)一六五条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程三一条において、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。更に、公社は、高度な医療技術のもとに、疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理のために疾病の早期発見、早期治療を行う医
療機関として、Q病院を設置している。
(二) 公社は、従前から頸肩腕症候群罹患者の発生に対処するため、専門医を中心にプロジエクトチームを編成し、その原因の究明に努めるとともに、諸施策を実施してその予防及び早期解決に努力してきた結果、罹患者数は年々減少するに至つたものの、発症後三年以上を経過しても治癒しない長期罹患者の割合が大きいことから、この長期罹患者についての対策を全国的規模で検討するに至つた。公社北海道局においても、頸肩腕症候群罹患者数が昭和五〇年の約二二〇名から昭和五三年の約一五〇名に減少したものの、三年以上の長期罹患者の割合が七五パーセントを占めていたため、これについての対策が検討されたが、管内健康管理医の打合せ会では、頸肩腕症候群の疾病要因がまだ医学的に十分解明されていない現状において、その早期回復を図るためには、単に整形外科のみならず、内科、精神神経科等各科の検診を含む総合的な精密検診を実施する必要がある旨の意見が強く出された。そして、R労働組合北海道地方本部(以下「R道地本」という。)からも右と同趣旨の要望がされたため、昭和五三年七月一四日、公社北海道局とR道地本との間において、右長期罹患者を対象として、その疾病要因を追究してその診断により治療及び療養の指導をして早期に健康回復を図ることを目的とする総合精密検診を実施する旨の労働協約が締結されたが、右協約によつて決定された検診方法は、発症後三年以上経過しているのに症状が軽快していない者その他健康管理医が必要と認めた者を被検者としてQ病院に入院させ、整形外科を中心に内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、必要に応じて他科の検診を含む総合精密検診を行うものであり、検診のための入院期間は二週間程度、参加人員は一回四名程度とし、被検者の具体的人選は健康管理医が行うというものであつた。
(三) 被上告人は、当時公社帯広電報電話局(以下「帯広局」という。)に勤務し電話交換の作業に従事する公社職員であつたが、昭和四九年七月五日、T整形外科医院において頸肩腕症候群と診断される一方、健康管理規程に定める指導区分の「療養」にあたることとされ、その後、休養加療を行つた結果、症状が軽快し、同年九月五日から右指導区分の「要注意」にあたるものとして職場に復帰したが、同年九月一六日からは「勤務軽減」(六時間勤務)となり、同年一一月五日からは再び「療養」にあたることとされて休養し、同年一二月五日「勤務軽減」(四時間勤務)の指導区分により職場に復帰し、昭和五〇年二月一六日に「要注意」となるといつた右指導区分の変遷を繰り返し、本件当時の被上告人の担当職務は、電話番号簿の番号訂正等の事務であつて、本来の職務である電話交換の作業には従事していなかつた。
公社は、昭和四九年九月五日、被上告人の健康状態を考慮し、従来の電話交換作業から軽易な机上作業に担務替えを行うとともに、同年九月二八日、被上告人から提出された右疾病の業務災害認定申請に対して、Q病院において、整形外科の精密検診を行い、その結果等に基づき、昭和五〇年九月三日付で右疾病が「業務上」である旨の認定をし、各種補償を行つている。
被上告人は、T整形外科医院において月一二、三回ないし二〇回程度通院治療を受けていたほか、昭和五二年四月から帯広市内のU治療院において月二、三回ないし九回程度「あんま、マツサージ」を受けていたが、昭和五〇年二月以降症状の改善はみられなかつた。
(四) 公社は、昭和五三年九月一二日、前記労働協約所定の頸肩腕症候群総合精密検診の第四回目を同年一〇月五日から一八日までに行うこととし、釧路健康管理所の健康管理医の意見に基づき、帯広局所属の被上告人外一名を被検者と決定し、同年九月一三日、被上告人に対し、帯広局V運用部長を介して口頭で受診を指示するとともに、実施期間・場所・検診科名及び入院にあたつての注意事項等を記載した書面を手交し、その後も、受診に消極的な態度を示す被上告人に対して受診するよう説得に努め、同年一〇月三日には、被上告人に対し、右運用部長を介して右受診方の業務命令を発したが、被上告人がこれを拒否したため、更に検診日を一か月後に再設定することとし、同月二七日、右運用部長を介し、一一月九日から同月二二日まで検診を受けるよう業務命令を発したが、被上告人は、同年一〇月三〇日、「Q病院は信頼できない。」として右の業務命令をも拒否した。
(五) これより先、R道地本はかねて広報紙等を通じて前記労働協約で決定された総合精密検診実施の必要等を組合員に周知させていたが、同年八月二一日、公社からR道地本帯広分会に対して検診の対象者として帯広局の被上告人外一名が選定される予定である旨の通知を受けるや、右分会W書記長は、即日右両名にその旨を伝達した。また、右分会は、被上告人が同年一〇月三日に発せられた総合精密検診の業務命令を拒否したことを重視し、R道地本に対して役員の派遣を要請した。これに応じて、R道地本は、一〇月一一日から一三日まで執行委員長ら執行部を帯広局に派遣し、被上告人に対して、総合精密検診の趣旨説明をするとともに、その受診方を説得したが、被上告人は、「Q病院は信頼できない」、「業務災害認定解除のおそれがある」等の理由で受診に反対である旨を表明し、結局、R道地本執行部の説得を受け容れなかつた。

2 R道地本帯広分会執行部は、本件総合精密検診が労使確認事項であるとしながらも、被上告人が受診拒否の意向を有しており、業務命令発出という形にまで発展したことを重視し、同年一〇月九日午後三時から、帯広局局舎三階の会議室において、公社と団体交渉を行つた。団体交渉は非公開で行われたが、開始後間もなく、被上告人を含む一二名の女子職員が傍聴のため会場の会議室に立ち入り、右分会役員の退去指示にも従わず、一部の者が公開を要求して騒然となり、更に、同室前で分会長らと公開、非公開をめぐり問答し、結局、いつたん中断された団体交渉は再開されなかつた。被上告人は、この間、午後三時一五分ころから約一〇分間にわたり職場を離脱した。

3 公社は、同年一一月一四日、被上告人に対し、1の(四)の受診拒否は、公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき」)に該当し、2の職場離脱は、同五九条一八号所定の懲戒事由(「第五号の規定に違反したとき」)に該当するとして、日本電信電話公社法(前記日本電信電話株式会社法附則一一条による廃止前のもの。)三三条に基づき、懲戒戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)をした。

二 原審は、前記の事実関係に基づき、(一) 医療行為については、原則として、これを受ける者に、自己の信任する医師を選択する自由があるとともに、あらかじめその医療行為の内容につき説明を受けたうえで、これを受診するか否かを選択する自由があり、かつ、このことは、その医療行為が診察を目的とするものか、治療を目的とするものかにより、決定的な差異はない、(二) 公社がその健康配慮義務を尽すために行う施策が、職員に対して疾病につき診察、治療の医療行為を受けさせることをその内容とする場合には、その内容が当該職員の前記自由権の尊重につき考慮を払つたものでない限り、あるいは他にその自由権を制約するについて合理的な理由のない限りは、職員に対し、その施策の受容を承諾なくして強制することは許されないものというべきである、(三) 本件総合精密検診の被検者は、検診期間中における私的生活がかなり制限されるほか、必ずしも自己の信任しない医師により検診に必要な限度において、身体的侵襲を受けるとともに個人の秘密が知られることにもなるから、このような前記自由権に対する重大な制約を伴う検診については、他に合理的な理由のない限りは、被検者たる当該職員にその受診義務を課することはできないというべきである、(四) 一般に労働協約がその協約当事者以外の組合員たる個個の職員に対して直接に義務を負わせる効力を有することはあり得るとしても、それは組合が組合員たる職員のため処分権能を有する範囲あるいは組合員たる職員に対しその統制権能を及ぼし得る範囲に限られると解されるところ、医療行為につき組合員たる個個の職員の有する前記自由権は、本来その個人的領域に属し、組合といえどもこれを処分、制限することのできない事項であるというべきであるから、仮に公社とR道地本との間に締結された前記労働協約が、組合員たる個個の職員で長期罹患者等に該当する者に対し、直接に本件総合精密検診を受診すべき義務を課する趣旨を含むものとするならば、かかる労働協約はその部分につき無効というほかなく、したがつて、前記労働協約締結の事実をもつて、本件総合精密検診の受診義務を肯定するうえでの前記合理的理由があるとすることはできず、他に被上告人について前記合理的理由に該当する事実を認めるに足る証拠はない、(五)したがつて、本件総合精密検診は、法的義務の履行としてこれを強制することはできないものというべきであるから、被上告人にその受診を命ずる本件業務命令は無効であり、被上告人がこれを拒否したことをもつて公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当するということはできない、(六) 一〇分間の本件職場離脱という事由のみによつて、被上告人に対し、昇給時に昇給額の減額の効果をともなう本件戒告処分をすることは、その原因となつた行為と対比して著しく均衡を失し、社会通念上客観的妥当性を欠いているから、懲戒についての裁量の範囲を逸脱した違法があつて無効である、と判断した。

三 論旨は、要するに、被上告人に対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診を命ずる本件業務命令は無効であり、これを拒否した被上告人の行為が公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由にあたらないとした原審の判断には法令違背がある、というものであり、以下この点について検討する。

1(一) 一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもつて指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがつて、使用者が業務命令をもつて指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によつてその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによつて定まるものであつて、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。
ところで、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至つており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知つていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となつているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということができる。
そして、公社と公社職員との間の労働関係は、その事業のもつ社会性及び公益性から、一般私企業と若干異なる規制を受けることは否定できないが、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものということができ、また、公社就業規則の目的及び性質も私企業におけるそれと異なるところはないというべきであるから(最高裁昭和四七年(オ)第七七七号同五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号九七四頁)、前述した業務命令の根拠及びその範囲に関する考え方は、公社と公社職員との関係においてもあてはまると解すべきである。
(二) 本件業務命令は、被上告人の罹患した頸肩腕症候群の早期回復を図ることを目的として総合精密検診の受診を命ずるものであり、安全及び衛生に関する業務命令ということができるが、前記の事実関係によれば、公社においては、職員の安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則で定めるほか、健康管理規程を設けている。労働基準法八九条二項によれば、安全及び衛生に関する事項については、特に細かい規定となりやすいため、就業規則とは別個に規則を定めることができるとされているところ、公社における右の健康管理規程は、右八九条二項所定の規則にあたるというべきである。そして、同条項所定の規則といえども、就業規則の一部であることに変わりはないのであるから、右の健康管理規程も就業規則としての性質を有しているものということができる。

2(一) 以上によれば、安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則及び健康管理規程の定めている事項がその内容において合理的なものであるかぎりにおいて公社と被上告人との間の具体的労働契約の内容となつているものということができる。
以上の見地に立つて本件をみるに、前記のとおり、公社の健康管理規程は、二条二項において、一般的に職員の健康保持義務を定めるとともに、四条において、職員は、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない旨を規定し、更に、二四条において、検診の結果等により健康管理医が必要と認めたときは当該職員に精密検診を受けさせなければならないとするとともに、二六条において、健康管理医は、検診の結果等に基づき、要管理者につき、その病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定したうえ、当該職員を右指導区分に従い個別に健康管理指導を行うこととしていること、また、要管理者については、公社就業規則一六五条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程三一条においても、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。
以上の公社就業規則及び健康管理規程によれば、公社においては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、以上公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、右の職員の健康管理上の義務は、公社と公社職員との間の労働契約の内容となつているものというべきである。
(二) もつとも、右の要管理者がその健康回復のために従うべきものとされている健康管理従事者による指示の具体的内容については、特に公社就業規則ないし健康管理規程上の定めは存しないが、要管理者の健康の早期回復という目的に照らし合理性ないし相当性を肯定し得る内容の指示であることを要することはいうまでもない。しかしながら、右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考える必要はなく、例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、その検診実施の時期等についても指示することができるものというべきである。換言すれば、要管理者は、労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検診を受診すべき旨の健康管理従事者の指示に従うとともに、病院ないし担当医師の指定及び検診実施の時期に関する指示に従う義務を負担しているものというべきである。もつとも、具体的な労働契約上の義務の存否ということとは別個に考えると、一般的に個人が診療を受けることの自由及び医師選択の自由を有することは当然であるが、公社職員が公社との間の労働契約において、自らの自由意思に基づき、右の自由に対し合理的な制限を加え、公社の指示に従うべき旨を約することが可能であることはいうまでもなく(最高裁昭和二五年(オ)第七号同二七年二月二二日第二小法廷判決・民集六巻二号二五八頁)、また、前記のような内容の公社就業規則及び健康管理規程の規定に照らすと、要管理者が労働契約上負担としていると認められる前記精密検診の受診義務は、具体的な治療の方法についてまで健康管理従事者の指示に従うべき義務を課するものでないことは明らかであるのみならず、要管理者が別途自ら選択した医師によつて診療を受けることを制限するものでもないから、健康管理従事者の指示する精密検診の内容・方法に合理性ないし相当性が認められる以上、要管理者に右指示に従う義務があることを肯定したとしても、要管理者が本来個人として有している診療を受けることの自由及び医師選択の自由を侵害することにはならないというべきである。
(三) 前記の事実関係によれば、被上告人は、昭和四九年七月、頸肩腕症候群に罹患している旨の診断がされ、同時に健康管理規程二六条所定の指導区分の「療養」にあたる要管理者として管理指導を受けることとなり、その後も、その症状の推移に従い、「勤務軽減」、「療養」、「要注意」等の指導区分にあたる者として管理指導を受けるとともに、昭和五〇年九月には右疾病につき業務上災害の認定を受けて災害補償を受けていたところ、被上告人の右疾病については、外科医院において月一二、三回ないし二〇回程度通院治療を受けていたほか、月二、三回ないし九回程度「あんま、マツサージ」の治療を受けていたが、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられず、本件当時も、担当職務について労務軽減の措置を受けたまま、電話番号簿の番号訂正等の軽易な机上事務に従事するのみで、本来の電話交換作業に従事できないでいた、というのである。
右の事情に照らすと、被上告人は、当時頸肩腕症候群に罹患したことを理由に健康管理規程二六条所定の指導区分の決定がされた要管理者であつたのであるから、前述したところによれば、被上告人には、公社との間の労働契約上、健康回復に努める義務があるのみならず、右健康回復に関する健康管理従事者の指示に従う義務があり、したがつて、公社が被上告人の右疾病の治癒回復のため、頸肩腕症候群に関する総合精密検診を受けるようにとの指示をした場合、被上告人としては、右検診について被上告人の右疾病の治癒回復という目的との関係で合理性ないし相当性が肯定し得るかぎり、労働契約上右の指示に従う義務を負つているものというべきである。
そして、原審の確定した前記事実関係によれば、公社が公社職員を対象として実施することとした頸肩腕症候群総合精密検診は、発症後三年以上を経過しても治癒しない頸肩腕症候群の疾病要因を追究して、その早期回復を図るための具体的方策を見出すことを目的とするものであるところ、右の疾病要因については、まだ医学的に十分な解明がされていないというのであるから、その疾病要因を究明するための右総合精密検診が、整形外科のみならず、内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科等の各専門科医による検診を実施したうえ、その各所見を総合的に検討することとしていること、及び右検診のために二週間程度の入院を必要としていることの合理性は否定し難いものというべきである。また、右総合精密検診の実施機関とされるQ病院は、公社が高度な医療技術により疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理に適した疾病の早期発見、早期治療を行う病院として設置した医療機関であつて、多岐にわたる検診科及び検診項目についての各専門科医の所見を総合して行うべき右総合精密検診を実施するために必要な人的及び物的条件を具備しているとみられるばかりか、同病院が公社内部の医療機関であつて、日頃から公社職員の健康管理に関与していることからすると、他の総合病院におけるよりも、検診を担当する各専門科医に公社職員の頸肩腕症候群の実態及び実施すべき総合精密検診の趣旨を伝達してその周知徹底を期することが比較的容易に行われ得るということも否定できないところである。そして、右のような方法による総合精密検診の実施については、公社とR道地本との間で協議がされ、R道地本においても右検診方法の合理性を承認したうえで前記労働協約を締結していることが窺われること等の事情をも併せ考慮すると、被上告人ら公社職員を対象とする右総合精密検診の内容・方法の合理性ないし相当性は十分これを肯定することができるものというべきである。
(四) なお、前記の事実関係によれば、被上告人は、本件当時、健康管理医等の管理のもとに、要管理者として健康管理規程所定の方法により健康回復のための指導を受ける一方、一か月あたり相当回数に上る継続的通院治療を受けていたというのであるが、このことから直ちに、被上告人が公社就業規則一六五条及び健康管理規程三一条所定の健康回復に関する努力義務を履行していたものと断定することはできず、かえつて、被上告人は、右のような継続的な治療を受けていたにもかかわらず、昭和五〇年二月以降症状の改善がみられなかつたため、本件当時においても、労務軽減の措置を受けたまま、前記の軽易な机上作業に従事するのみで、本来の電話交換作業に復帰できないでいたというのであるから、当時被上告人には、なお、自己の健康回復に努め、本来の自己の職務に復帰できるように努力する義務が存続しており、また、この義務の履行としては、公社がより高度の医学的方策によるべきことを指示する限りは、その指示に従うべきであるというべきである。本件の総合精密検診は、総合病院の各専門科医による検診結果を総合して被上告人の疾病の原因及びその治療方法を究明し、その疾病の早期回復を企図するものであるというのであるから、単に従前の治療行為を繰り返すにとどまる場合と比較して、右総合精密検診の実施が被上告人の健康回復により資するものであるということも否定し難く、以上の事情にかんがみると、被上告人としては、公社就業規則及び健康管理規程上、公社の指示に従い、本件総合精密検診を受診することにより、その健康回復に努める義務が存したものというべきである。
(五) 以上の次第によれば、被上告人に対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診方を命ずる本件業務命令については、その効力を肯定することができ、これを拒否した被上告人の行為は公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由にあたるというべきである。

四 そうすると、原判決が本件業務命令の効力を否定したうえ、これを拒否した被上告人の行為が公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当しないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであるといわざるを得ず、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記の職場離脱が同条一八号の懲戒事由にあたることはいうまでなく、以上の本件における二個の懲戒事由及び前記の事実関係にかんがみると、原審が説示するように公社における戒告処分が翌年の定期昇給における昇給額の四分一減額という効果を伴うものであること(公社就業規則七六条四項三号)を考慮に入れても、公社が被上告人に対してした本件戒告処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え、これを濫用してされた違法なものであるとすることはできないというべきである。したがつて、本件戒告処分は適法ということができ、その無効確認を求める被上告人の本件請求は理由がないというべきであるから、被上告人の請求を認容した第一審判決はこれを取り消したうえ、その請求を棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁
判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官    谷   口   正   孝
裁判官    角   田   禮 次 郎
裁判官    高   島   益   郎
裁判官    大   内   恒   夫

 

 

未払賃金請求、未払残業代請求、不当解雇、不当懲戒など個別労働紛争に適切に対応するには、労働法の知識が必要です。労働問題に関する重要な法律知識を身につけましょう。

 

残業代請求のご相談は、福岡・司法書士にじいろ法務事務所

残業代請求のことなら、福岡の司法書士 にじいろ法務事務所 電話受付時間 平日 9:00~18:00