残業代請求|福岡の司法書士 にじいろ法務事務所

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広島高裁平成19年(ネ)172号 平成19年9月4日判決

2016-09-09

主文
1 原判決主文3項を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,金244万9129円及び内金219万9129円に対する平成16年9月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 その余の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
4 この判決の1項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,金187万3081円を支払え。
(3) 被控訴人は,控訴人に対し,金233万9243円及びこれに対する平成18年4月28日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人は,控訴人に対し,金475万2314円及び内金235万2314円に対する平成16年9月1日から,内金200万円に対する平成18年4月21日から各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 被控訴人
本件控訴をいずれも棄却する。

第2 事案の概要
1 本件は,被控訴人を退職した控訴人が,被控訴人に対し,①平成16年7月15日から平成18年4月までの時間外勤務手当金403万1749円及びうち平成17年3月分までの金166万2229円については同年5月1日から,同年4月分以降の金236万9520円については平成18年5月1日からの各商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の各支払,②被控訴人が控訴人に労働基準法37条の規定に違反し時間外勤務手当を支払わなかったことに基づく同法114条による付加金374万6162円の支払,③控訴人の退職には,被控訴人の社員退職金規定4条1項は適用されるべきではないから,減額しない退職金額を支払うべきであるとして,支払われた退職金との差額金233万9243円及び退職金の支払期である平成18年4月28日からの商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の各支払,④被控訴人は支払義務があることを知りながら時間外勤務手当を支払わず控訴人に長時間労働させたことなどによる不法行為に基づく損害賠償合計金475万2314円(時間外勤務手当請求権としては時効消滅した平成15年7月15日から平成16年7月14日までの時間外勤務手当相当損害金235万2314円,被控訴人からの退職を余儀なくされた精神的損害等に対する慰謝料合計金200万円及び弁護士費用相当損害金40万円)及び内金235万2314円に対する不法行為後の平成16年9月1日からの,内金200万円に対する退職日の翌日である平成18年4月21日からの各民法所定年5%の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

2 原審は,前記①の請求の全部及び前記②の請求のうち半額の金187万3081円を認容したが,前記②の請求の半額並びに前記③及び④の各請求の全部を棄却した。これに対し,1審原告である控訴人は控訴したが,1審被告である被控訴人は不服申立てをしていない。したがって,前記①の請求は,当審における審理の対象とならない。また,前記②の請求は,当審における審理の対象となるが,控訴人に不利益な変更はできない。

3 被控訴人は,原判決言渡し後の平成19年5月31日,控訴人に対し,前記
①の請求に係る金員全額を支払った。
4 争いのない事実等
(1) 被控訴人は,精密測定機器,金属工作機械,機械工具等の販売及び輸出
入を業とする会社である。
(2) 控訴人は,昭和47年3月14日,被控訴人に入社し(乙5),昭和56年ころからは広島営業所に勤務し,平成15年7月以降退職する平成18年4月20日までの間,得意先・メーカーと電話・ファクシミリでの対応,注文・見積りの処理,在庫管理,営業員との打合わせ等を主な仕事とする内勤業務に従事していた。同営業所の従業員数は,平成15年6月から控訴人が退職するまでの間は,平成16年10月から平成17年3月までの期間が所長以下9人であったことを除けば,所長以下10人であり,業務量としては大きな変動はなかった。
広島営業所の所長は,平成17年3月まではA,同年4月1日以降はB(以下「B」又は「B所長」という。)であった。
(3) 控訴人は,平成18年4月3日,退職事由欄に「一身上の都合により退職致したくお願い申し上げます」と記載した退職願(乙4。以下「本件退職願」という。)を被控訴人に提出し,同月20日付けで被控訴人を退職した。
(4) 被控訴人の諸規定
ア被控訴人の就業規則(乙1)によれば,従業員の1日の定時勤務時間は,午前8時30分から午後5時までとされ,このうち正午から12時45分までは休憩時間(所定労働時間7時間45分)と定められている(7条)。また,従業員の休日は,土曜日,日曜日,国民の祝日及び年始(1月1日から1月4日まで)である(9条)。
イ被控訴人の社員退職金規定(乙3)では,(ア)勤続1年以上の者が①
就業規則50条に該当するとき(従業員が退職願を提出し,会社が承認したとき),②就業規則51条2号,52条に該当するとき(休職期間満了など)及び③停年に達したときには退職金が支給されること(2条),(イ)退職金支給額は,退職前3か月間における基本給の平均額に勤続年数に応じた支給率を乗じて算出すること(3条。勤続5年以上は1年に対し1か月分),(ウ)停年退職以外の退職では(イ)で算出した額の100分の80が支給額であること(4条1項),が定められている。
(5) 被控訴人は,平成18年4月28日,控訴人に対し,同人の退職(前記(3))を就業規則50条に該当するものとして退職金を計算し,金935万6968円を支払った(乙5)。

5 争点
(1) 控訴人に支払われるべき退職金額はいくらか
(控訴人)
控訴人は,昭和47年,被控訴人に入社して以来,通常業務で時間外勤務手当の支給を受けることなく長期間時間外労働を行ってきた。ところが,いつまでも時間外勤務手当が支払われずに長時間労働を強いられ,被控訴人にはこれを是正する意思はなかった。控訴人は,このような職場環境下で勤務することに耐えられず,やむなく退職を決意し,退職した。ところで,被控訴人の社員退職金規定2条ないし4条によれば,停年に達し退職するときは,同規定3条で定めた金額が支払われるが,退職願を提出して依願退職した者は同規定3条で定めた金額の8割しか支払われない。被控訴人の就業規則51条2号及び52条に該当するときも同様とされる。
依願退職者は,停年退職者より会社に対する貢献度が低いと見られるためと思われ,完全に自己都合による依願退職者については社員退職金規定4条を適用しても不合理ではない。しかし,控訴人のように,勤続年数が34年間にわたり,被控訴人に労働契約上重大な義務違反があり,しかも被控訴人にこれを是正する意思がなかったことが退職の大きな原因となっている場合であっても,退職願を提出してする以外に退職の方法がないから,退職願を提出したという一事をもって同規定4条を適用するのは,被控訴人の長年にわたる労働契約上の重大な義務違反が考慮されないことになり,極めて不合理な結果となる。しがたって,控訴人の退職に同規定4条を適用することは,信義則に反し,許されない。
(被控訴人)
控訴人の主張は否認し,争う。控訴人の退職は,形式的にも実質的にも本人都合による退職であり,被控訴人の退職金支給額は適切であった。
(2) 被控訴人の不法行為の成否等
(控訴人)
ア被控訴人は,かねてから営業所の社員全員が参加して行われる営業所会議,棚卸し等を除き,社員の通常業務の時間外勤務に対しては時間外勤務手当を支払っていなかったところ,被控訴人は,時間外勤務手当を支払う意思がないのに,控訴人に対し,控訴人の通常業務に関し,平成15年7月15日から平成16年7月14日まで,原判決別紙原告主張の時間外勤務記載の日時に,同記載の時間,時間外勤務をするよう明示又は黙示により命じて控訴人にこの時間外勤務をさせた。
この被控訴人の行為は,明白に労働基準法に違反する違法な行為である。これにより,控訴人は,時間外勤務すれば,時間外勤務手当が支払われるという法律上保護された利益が侵害された。その結果,控訴人は,原判決別紙原告主張の時間外勤務記載の時間外勤務手当額相当の損害を被った。その合計額は金235万2314円である。
イ①被控訴人は,前記の平成16年7月14日に引き続き,平成18年4月14日まで,原判決別紙原告主張の時間外勤務記載の日時に,同記載の時間,控訴人に対し,無給で時間外勤務をさせる不法行為を続けた。そのほか被控訴人は,控訴人に対し,時間外勤務手当を支払う意思がないのに,月に5,6回は午後9時ころまで残業させたり,年に4,5回,午後7時30分ころから午後10時30分ないし午前零時近くまで営業会議に出席させたりした。被控訴人は,このような重大な労働基準法違反行為を長期間続け,しかも,この違反行為を是正しようとはしなかった。控訴人は,これにより日々大きな精神的苦痛を受けるとともに,高齢になり健康に対する心配もしながら勤務せざるを得なかった。②控訴人の精神的苦痛もますます増大していったところ,控訴人が4時間分の手当しか払われないのに,平成18年3月11日(土曜日)午前8時30分から午後5時までした棚整理について,同月25日,被控訴人のB所長は,能率が上がっていないと控訴人に注意した。これらの事情から,控訴人は,時間外勤務手当が支払われないまま長時間労働が強いられる職場環境下では,もはや勤務することは耐えられないと考えて退職を決意し,被控訴人を退職した。そして,控訴人は,広島労働基準監督署に被控訴人の労働基準法違反行為について調査の申出をした。被控訴人の前記不法行為がなければ,控訴人には退職の必要はなかったのであるから,控訴人の退職は,被控訴人の前記不法行為と相当因果関係がある。③仮に,前記因果関係が認められないとしても,被控訴人の前記不法行為は,控訴人の退職の決意に多大な原因を与え,控訴人に大きな精神的苦痛を与えた。これらの事実によって控訴人が被った精神的損害賠償は合計で金200万円を下らない。
ウ被控訴人の前記不法行為による控訴人の弁護士費用相当損害金は金40万円である。
(被控訴人)
ア控訴人の主張する平成15年7月15日から平成16年7月14日までの時間外勤務手当請求権は存在しない。仮に存在するとしても労働基準法115条により時効消滅している。同法115条の趣旨は,民法174条の労賃の1年の短期消滅時効を2年に延長することにより労働者の保護と法的安定性の調整を図ったものである。
控訴人は,明示又は黙示により命じて時間外勤務をさせて時間外勤務手当を支払わないときは,即時に不法行為が成立するかのごとき主張を繰り返しているが,控訴人の残業もかなり自己都合による部分があり,被控訴人としては,就業規則,給与規則に基づき支払を要する残業手当は支払っており,各営業所に対し,パソコンの利用,仕事の分担など営業所内での就業時間の有効利用を心掛けること,指示残業以外は退社時間を早くすることなどを指示し,B所長もそれに従って控訴人に指示しており,時効消滅した時間外勤務手当を損害賠償として請求されなければならないほどの悪性ないし違法性は認められない。
イ控訴人は,被控訴人の不法行為がなければ退職の必要がなかったのであるから,控訴人の退職は,被控訴人の前記不法行為と相当因果関係があると主張するが,すべて本訴のための後付けの主張である。B所長は,控訴人と3回面談したことがあるが,その際,控訴人は「現状に何も問題はない」という趣旨の答えをしており,またB所長が「もう少し早く帰ってください」と言っても,控訴人は「私の能力不足です」とか「気にしないでください」などの返事をしている事実に照らし,時間外勤務手当の不支給に追い詰められて退職を余儀なくされたなどの客観的事実は認められず,単に主観的に控訴人が本訴のためにする主張をしているにすぎない。
(3) 付加金の支払について
(控訴人)
被控訴人は,労働基準監督署の指導を受けながら,また,サービス残業が社会問題化していたにもかかわらず,時間外勤務手当を支払わず,労働者の犠牲で人件費を節減しようとしたものである。しかも,他社では,サービス残業が発覚すれば,直ちに全社員について調査して不払となっている社員全員に対して未払賃金を支払っているのに,被控訴人は,訴訟を提起している控訴人以外の者には支払わないという態度をとり続けている。このように反省の態度が見られないことからも,付加金全額の支払を命ずるべきであり,被控訴人に付加金を減額すべき事情は何ら存在しない。
(被控訴人)
被控訴人は,時間外勤務手当については,就業規則,給与規則に基づいて処理しており,現に上司の指示のもとに実施された時間外勤務については,時間外勤務手当を支給している。控訴人が問題としているのは,ほとんど黙示の残業すなわち控訴人が時間外勤務をしているのを知っていながらこれを黙認したから,時間外勤務手当支給の対象になるというものである。時間外勤務を黙認してサービス残業をさせたというのは実態と異なる。被控訴人としてもダラダラ残業されるのは好ましいことではないし,可能な限り早く退社するよう指示していたのに,自己都合であったり,能力不足であったりして退社が遅れていたのが実態で,サービス残業を命じて実行させた事実はない。

第3 当裁判所の判断
1 退職金額について
(1) 被控訴人の社員退職金規定による退職金の支給額は,停年以外の退職(女子の結婚及び出産のための退職を除く。)においては,所定の支給率の100分の80と定められており,明文ではそれ以外の選択肢はない。すなわち,停年前退職における自己都合退職,会社都合退職,勧奨退職といった区分は存在しないのであり,同規定においては,停年の場合における退職金算定方法とそれ以外の場合の算定方法とを連動させるため,まず,停年退職の場合の支給率を3条で定め,4条において,それ以外の退職ではその80%と定めているにすぎない。これは停年の場合とそれ以外に分けて支給率を定めているのと同様である。したがって,停年でない退職に際し社員退職金規定4条を適用しないとすることは,同規定に存在しない新たな退職金支給事由を創設する結果となる。確かに,停年退職を一種の会社都合退職と考えるならば,労働者側の事情に基づかない退職につき,停年退職に関する退職金規定を適用する余地がないとはいえないであろう。しかし,それは,停年退職に準ずる場合に限定されるというべきである。
(2) 前記争いのない事実等並びに証拠(甲1,乙48,証人B,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア控訴人は,被控訴人に対する退職申出の前後において,上司であるB所長などに対し,時間外勤務手当の不支給について不満を述べたり,そのことが退職を決意した理由であると説明したことはない。また,控訴人は,B所長に対し,退職の申出をした際に慰留されているが,その際にも,控訴人は被控訴人の時間外勤務手当の不支給について言及していない。
イ控訴人の所属する広島営業所では,平成18年3月25日(土曜日)に棚卸しを行ったが,その際,B所長が控訴人の作業内容について注意したところ,控訴人と口論となった。棚卸し作業終了後,突然控訴人から翌週月曜日に有給休暇を取得したい旨の申出があり,B所長は,控訴人が感情的になっているように感じたため,控訴人と別室で面談することとし,有給休暇を取得したい理由を尋ねたところ,控訴人は,B所長に対し,「私の有休だからいつ取ってもよいはずだ。」とか,「所長は,私の仕事が気に入らないから文句をいうのでしょ。所長にとって私は不要な人材でしょ。だから将来を考えるために有休を取ります。」,「とにかく将来を考えたいので時間をください。」などと述べた。結局,控訴人は,翌週月曜日は出勤したものの,その後,B所長に対し,退職の申出をした。
ウ控訴人は,被控訴人を退職後,労働基準監督署に行き,被控訴人において時間外勤務手当が支払われていない旨の相談をしたが,それは,平成18年5月20日を過ぎてからのことであり,控訴人が被控訴人に本件退職願を提出してから約50日を経過してから後のことであった。
(3) 控訴人は,昭和47年,被控訴人に入社して以来,通常業務で時間外労働をしても手当を全く支払われずに働いてきたが,いつまでも時間外勤務手当が支払われずに長時間労働を強いられ,被控訴人にこれを是正する意思がなかったため,このような職場環境下で勤務することには耐えられず,やむなく退職を決意し,退職した旨の主張をし,それに沿う供述をしている。
確かに,後記認定のように,被控訴人においては時間外勤務手当をほとんど支給していなかったという事実が認められる。しかしながら,前記(2)認定の各事実からすると,控訴人の退職の主な原因が被控訴人による時間外勤務手当の不支給にあったとは認め難い。
以上の諸事実及び前記(1)において述べた点からすると,控訴人の退職金算定につき社員退職金規定4条を適用することが信義則に反するとの控訴人の主張は採用することができない。

2 不法行為の成否
(1) 前記争いのない事実等並びに証拠(甲1,6,8,12,乙1,乙7の1ないし6,乙8及び9の各1ないし12,乙10及び11の各1ないし4,乙12ないし36,39,42ないし44,乙45及び46の各1・2,乙50,証人B,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア被控訴人は,平成19年5月31日,控訴人に対し,控訴人が支払を求めていた平成16年7月15日から退職(平成18年4月20日)までの間の未払時間外勤務手当合計金403万1749円及び内金166万2229円に対する平成17年5月1日から,内金236万9520円に対する平成18年5月1日から,いずれも平成19年5月31日まで年6%の割合による遅延損害金の合計金439万3933円を支払った。この時間外勤務手当は,控訴人の勤務日1日当たり平均3.58時間に対応する額であった。
イ被控訴人が,控訴人に対し,平成15年7月15日から平成16年7月
14日までの間に支払った時間外勤務手当は,合計金5万3348円である。
ウ控訴人は,広島営業所に勤務し,平成15年7月以降退職するまでの間,得意先・メーカーと電話・ファクシミリでの対応,注文・見積りの処理,在庫管理,営業員との打合わせ等を主な仕事とする内勤業務に従事していた。同営業所の従業員数は,平成15年6月以降控訴人が退職するまでは,平成16年10月から平成17年3月までは所長以下9人であったが,それ以外の期間は所長以下10人であり,業務量としては大きな変動はなかった。
エ被控訴人においては,かねてから営業所の社員全員が参加する営業所会議,棚卸し等を除き,通常の時間外勤務に対しては,自己啓発や個人都合であると
いう解釈に基づき,時間外勤務手当を支払っておらず,そのような状態が常態化していた。そのため,平成16年9月には,労働基準局の巡回検査の際に時間外勤務問題についての指摘がされたが,その後も特に改善されることはなかった。広島営業所の出勤簿には,平成16年11月21日までは出退勤の時刻が全く記載されておらず,被控訴人が従業員のそれを書面その他の記録で把握する方法は存在しなかった。同月22日からは出退勤の時刻が出勤簿に記載されるようになったが,その時刻については,営業所長からの指導等により記載すべき時刻を指示されたものであり,控訴人の勤務実態を示すものではなかった。被控訴人にも時間外勤務を申告する制度は存在した。しかし,それには,事前に申請書を作成して所属長の許可を得る必要があり,申請書には,業務内容や予定時間の記載が要求されていたことから,これが従業員各自から提出されることはほとんどなく,提出されるものは,営業所会議,棚卸しといった営業所全体の業務に関するものがほとんどであり,この場合には,申請書は本人ではなく経理担当者が作成する場合が多かった。
オ広島営業所では,平成15年7月以前より,午前8時から清掃,同20分から体操,同25分から朝礼が行われた後,午前8時30分から日常業務が開始される例であった。また,同営業所においては,内勤の営業担当者は控訴人とCの2名であったところ,就業規則では休憩時間は正午から12時45分までとされていたが,その間にも顧客からの電話があり,来店する者もいるため,控訴人とCとは昼食時の休憩時間を前半と後半とに2分して交代で顧客対応に当たっていた。被控訴人の顧客は,金属工作機械等の小売業者であり,控訴人ら内勤の営業担当者が直接やりとりするのは顧客企業の営業担当者であって,同人らは,営業に出る前や営業先から自社に帰った後に卸商社である被控訴人に連絡することになる。そのため,顧客から被控訴人の広島営業所への連絡時刻は午前の早い時刻,午後1番及び午後5時過ぎとなり,ファクシミリや電話のピークは午前9時ころから同10時30分ころ,午後1時ころから同2時ころ及び午後5時ころから同6時ころであった。
(2) 平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間に控訴人に支払われるべきであった時間外勤務手当の額
ア算定の基礎となる賃金
(ア) 平成15年7月から平成16年3月まで(実勤務日数172日)月額35万9000円
(イ) 平成16年4月(実勤務日数21日)月額34万4000円
(ウ) 平成16年5月から同年7月まで(実勤務日数50日)月額34万7000円
イ1か月間の平均所定労働時間数
上記期間1年間における被控訴人の就業規則所定労働日数は247日,被控訴人の同規則所定の1日当たり労働時間は7.75時間であるから,1か月当たりの平均労働時間数は159.52時間となる。
7.75時間×247日÷12か月=159.52時間
ウ実勤務1日当たりの時間外勤務時間
原判決が認定し,被控訴人が支払った平成16年7月15日以後の勤務日1日当たりの平均時間外勤務時間と同様の勤務日1日当たり3.58時間と認める。
しかしながら,被控訴人が就業規則(乙1)で定める勤務時間は,1日当たり7.75時間であり(7条),労働基準法32条が定める8時間ではない。そして,被控訴人の給与規定(乙2)によれば,「時間外手当は所属長の命令を受け,所定時間外に就業した場合に支払う。」(18条)とされているが,「時間外手当の時間計算は30分以上は1時間とし,30分未満は切捨てる。」(19条2項)と規定されている。したがって,労働基準法32条が定める8時間と被控訴人が就業規則で定める7.75時間の差である0.25時間(15分)については,時間外勤務手当の支給対象とはならないから,3.33時間(3.58時間-0.25時間)が時間外勤務手当の支給対象の時間外勤務時間となる。
エ上記1年間に被控訴人が支払った時間外勤務手当は合計金5万3348
円である。
オ上記1年間における時間外勤務手当相当額は,次のとおり合計金225万2477円となる。
35万9000円÷159.52時間×3.33時間×172日×1.25=161万1246円
34万4000円÷159.52時間×3.33時間×21日×1.25=18万8502円
34万7000円÷159.52時間×3.33時間×50日×1.25=45万2729円
カ未払時間外勤務手当相当額
既払の時間外勤務手当を差し引くと,未払時間外勤務手当相当額は金219万9129円となる。
(3) 時間外勤務手当の不払と不法行為
被控訴人の広島営業所においては,平成16年11月21日までは出勤簿に出退勤時刻が全く記載されておらず,管理者において従業員の時間外勤務時間を把握する方法はなかったが,時間外勤務は事実としては存在し,控訴人の時間外勤務時間は1日当たり平均約3時間30分に及ぶものであった。先に認定した同営業所の業務実態からすると,同営業所の管理者は,控訴人に対し,時間外勤務を黙示的に命令していたものということができる。同営業所の管理者は,控訴人を含む部下職員の勤務時間を把握し,時間外勤務については労働基準法所定の割増賃金請求手続を行わせるべき義務に違反したと認められる。控訴人の勤務形態が変則的であるため,管理者において控訴人の勤務時間を確認することが困難であったとか,控訴人が業務とはいえない私的な居残りをしばしば行っていたといった事情は認められない。
また,被控訴人代表者においても,広島営業所に所属する従業員の出退勤時刻を把握する手段を整備して時間外勤務の有無を現場管理者が確認できるようにするとともに,時間外勤務がある場合には,その請求が円滑に行われるような制度を整えるべき義務を怠ったと評することができる。広島営業所の管理者及び被控訴人代表者の上記の義務違反が職務上のものであることは明らかである。したがって,控訴人は,不法行為を理由として平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間における未払時間外勤務手当相当分を不法行為を原因として被控訴人に請求することができるというべきである。
被控訴人は,前記(2)認定の時間外勤務手当については,仮に存在しても,本件提訴が平成18年7月14日であることからすれば,労働基準法115条によって2年の消滅時効が完成している旨の主張をする。しかしながら,本件は,不法行為に基づく損害賠償請求であって,その成立要件,時効消滅期間も異なるから,その主張は失当である。
(4) 控訴人は,以上のほかに,①被控訴人は,時間外勤務手当を支給しない時間外勤務を長期間させ続け,しかも,この違反行為を是正しようせず,控訴人は,これにより日々大きな精神的苦痛を受けた,②被控訴人の時間外勤務手当を支給しないという不法行為には耐えられないと考えて退職を決意し,被控訴人を退職したが,被控訴人の前記不法行為がなければ,控訴人には退職の必要はなかった,③仮に,前記因果関係が認められないとしても,被控訴人の前記不法行為は,控訴人の退職の決意に多大な原因を与え,控訴人に大きな精神的苦痛を与えた旨の主張をし,これらについて合計金200万円の慰謝料を請求する。
しかしながら,前記①に関しては,財産的損害については,通常それが回復されれば更にそれ以上の損害はないと考えられるところ,本件において特段の事情は認められないから,本件慰謝料請求は認めることができない。また,前記②及び③に
ついては,前述したとおり,控訴人の退職の主な原因が被控訴人による時間外勤務手当の不支給にあったとは認め難いから,慰謝料請求は認めることができない。
(5) 以上によれば,控訴人は,被控訴人の広島営業所責任者において平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間,黙示的に時間外勤務を命じながら法定の時間外勤務手当を支払わなかったこと等の不法行為により少なくとも控訴人が請求している金219万9129円の損害を被ったと認めることができる。
また,被控訴人の広島営業所管理者等の上記不法行為と相当因果関係ある損害として被控訴人に負担させるべき弁護士費用は,本件事案の内容,認容額等を考慮し,金25万円と認める。
3 付加金について
(1) 付加金の対象となる平成16年7月15日から平成18年4月14日ま
での間における時間外勤務手当
ア通常の労働時間1時間当たりの賃金
(ア) 基礎賃金(労働基準法37条4項)
a 平成16年7月から平成17年4月まで
月額34万7000円
b 平成17年5月から平成18年4月まで
月額34万9000円
(イ) 月平均所定労働時間
a 前記(ア)aの賃金期間について
平成16年7月から平成17年6月までの休日数は120日であり,被控訴人における所定労働時間は1日7.75時間であるから,上記期間における月平均労働時間は,次のとおり158.22時間となる。
(365日-120日)×7.75時間÷12か月=158.22時間
b 前記(ア)bの賃金期間について
平成17年5月から平成18年4月までの休日数は120日であるから,上記と同様,月平均労働時間は158.22時間となる。
(ウ) 以上を前提とすると,通常の労働時間1時間当たりの賃金は,次の
とおりである。
平成16年7月から平成17年4月まで2193円
34万7000円÷158.22時間=2193円
平成17年5月から平成18年4月まで2205円
34万9000円÷158.22時間=2205円
イ被控訴人の就業規則所定の時間外勤務時間
証拠(甲1,7,12,乙7の1ないし6,乙8の1ないし10,乙8の11の1・2,乙8の12,乙9の1ないし12,乙10の1ないし4,乙12ないし36,乙48,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,平成16年7月15日から平成18年4月14日までの間,就業規則所定の労働時間を超えて次のとおり時間外勤務をしたと認められる。
(ア) 平成16年7月15日から平成17年4月30日までa 平成16年7月15日から平成17年4月25日まで
この期間は,出退勤の時刻が正確に記載されている出勤簿は存在しない。そこで,これが比較的正確に記載されていると認められる平成17年4月26日以後の出勤簿に基づく同期間(平成17年4月26日から平成18年3月31日まで)の時間外勤務時間から推計する。なお,控訴人が平成17年3月31日までを一区切りとして計算しているため,これに応じて区分した。
(a) 平成16年7月15日から平成17年3月31日まで
勤務日数168日であり,上記の1日当たり時間外勤務時間は3時間35分(3.58時間)と認められ,未払の時間外勤務時間は次のとおり601.44時間となる。
3.58時間×168日=601.44時間
(b) 平成17年4月1日から同月25日まで
勤務日数17日であり,この間に1時間の時間外勤務手当が支払われている。1日当たりの時間外勤務時間は上記同様3.58時間であるから,未払の時間外勤務時間は59.86時間となる。
3.58時間×17日-1時間=59.86時間
b 平成17年4月26日から同月30日まで
勤務日数3日であり,未払の時間外勤務時間は9時間30分(9.5時間)である。
c 未払時間外勤務時間合計670.8時間
(イ) 平成17年5月1日から平成18年4月14日まで
a 勤務日数227日であり,時間外勤務時間は818時間20分(818.33時間)である。この間,28時間分の時間外勤務手当が支払われている。
b 未払の時間外勤務時間790.33時間
ウ本訴提起時点において未払であった時間外勤務手当の額以上の結果に基づき,本訴提起当時における未払時間外勤務手当の額は,次の合計額金401万7177円となる。
(ア) 平成16年7月15日から平成17年3月31日まで
2193円×601.44時間×1.25=164万8697円
(イ) 平成17年4月1日から同月末日まで
2193円×(59.86時間+9.5時間)×1.25=19万0133円
エ平成17年5月1日から平成18年4月14日まで
2205円×790.33時間×1.25=217万8347円
オ付加金の対象となる時間外勤務時間
被控訴人の就業規則所定の勤務時間は7.75時間であるから,付加金の対象となる時間外勤務時間は,上記の時間から1日当たり0.25時間を控除した時間となる。その時間は次のとおりである。
(ア) 平成16年7月15日から平成17年3月31日まで559.44時間
601.44時間-0.25時間×168日=559.44時間
(イ) 平成17年4月1日から同月30日まで64.36時間
69.36時間-0.25時間×20日=64.36時間
(ウ) 平成17年5月1日から平成18年4月14日まで733.58時間
790.33時間-0.25時間×227日=733.58時間
カ付加金として支払を命ずることが可能な時間外勤務手当
(ア) 平成16年7月15日から平成17年3月31日までの分
金153万3564円
2193円×559.44時間×1.25=153万3564円
(イ) 平成17年4月1日から同月30日までの分
金17万6426円
2193円×64.36時間×1.25=17万6426円
(ウ) 平成17年5月1日から平成18年4月14日までの分
202万1928円
2205円×733.58時間×1.25=202万1929円
(エ) 以上合計金373万1919円(うち,平成17年3月分までは金153万3564円,うち同年4月分以降の分は金219万8355円)
(2) 被控訴人による時間外勤務手当の支払
被控訴人は,原判決言渡しの後である平成19年5月31日,控訴人請求期間に係る時間外勤務手当として上記金額以上の額を遅延損害金を付して支払っている。
したがって,当審の口頭弁論終結時点においては未払の時間外勤務手当は存在しない。
(3) 付加金算定の基礎となる未払時間外勤務手当の基準時
付加金支払義務は,裁判所の命令が確定することによって発生するものである。
そして,裁判所が付加金の支払を命ずるには,過去のある時点において時間外勤務手当が未払であったというのみでは足りず,口頭弁論終結時点において不払事実が存在することが必要であると解するのが相当である(最高裁第二小法廷昭和35年3月11日判決,同第二小法廷昭和51年7月9日判決参照)。なぜなら,付加金制度は,労働基準法違反に対する制裁という面とともに,手当の支払確保という目的を有するものであるから,同法違反があっても,義務違反状態が消滅した後においては,裁判所は付加金支払を命ずることはできないと解するのが相当であるからである。
本件において,原判決後,被控訴人が未払時間外勤務手当の全額を支払ったことは先に述べたとおりである。
(4) よって,控訴人の付加金請求は理由がないが,その一部を認容した原判
決につき被控訴人からの不服申立てはないから,控訴人の付加金請求に関する控訴を棄却するにとどめることになる。
第4 結論
以上のとおりであり,当審における審理対象である退職金,付加金及び不法行為に基づく損害賠償請求のうち,前2者に関する控訴は理由がないからこれを棄却し,不法行為に基づく損害賠償請求は,金244万9129円及び弁護士費用を除いた内金219万9129円に対する不法行為時の後である平成16年9月1日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを全部棄却した原判決をその旨変更することとする。
よって,主文のとおり判決する。
広島高等裁判所第2部
裁判長裁判官加藤誠
裁判官井上一成
裁判官太田敬司

 

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