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広島地裁福山支部平成15年(ワ)139号 平成19年7月11日判決

2016-09-08

平成19年7月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成15年 第139号,平成17年 第309号未払賃金請求事件
口頭弁論終結日平成19年2月21日

判決
当事者の表示(記載省略)

主文
1 原告らの各請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告らに対し,別紙「基準外賃金請求表」の各「原告氏名」欄に対応する「請求金額」欄中の「合計」欄記載の各金員,並びに,「請求金額」欄中の「①」欄記載の各金員に対する平成14年4月25日以降,「請求金額」欄中の「②」欄記載の各金員に対する平成15年4月25日以降,及び,「請求金額」欄中の「③」欄記載の各金員に対する平成16年4月25日以降,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言

第2 事案の概要
本件は,原告らが,被告に対し,平成13年4月に施行された新就業規則及び賃金規程は無効であるとして,従前の算定方法に基づく時間外労働手当,休日労働手当,法定休日労働手当,休日代休手当,法定休日代休手当,高速道走行手当及び開放手当(以下,これらの諸手当をまとめて「時間外労働手当等」という。),並びに,上記新就業規則及び賃金規程により減少した休日相当分の出勤は休日出勤に当たり,休日出勤手当が発生する(休日減請求)として,これらの諸手当のうち,平成13年4月21日から平成16年3月20日までの期間(以下,平成13年4月21日から平成14年3月20日までを「平成13年度」といい,平成14年3月21日から平成15年3月20日までを「平成14年度」といい,平成15年3月21日から平成16年3月20日までを「平成15年度」という)までの期間の各未払分の合計。額と,原告らと被告との間の合意に基づく平成13年度分の自動昇給相当額を請求している事案である。

1 争いのない事実等
当事者
被告は,自動車運送事業等を営む会社であり,原告らは,被告と雇用契約を締結した従業員又は元従業員であり,私鉄中国地方労働組合鞆鉄道支部(以下,「本件組合」という。)の組合員である。
基本給等の額及び給与の支払時期平成13年度ないし平成15年度における,原告らの基本給・役付給・特殊給及び指導・渉外手当の合算額(以下,「基本給等」という。)は,別紙「基本給,労働時間等一覧表」の各「原告」欄に対応する「基本給」欄記載の額である。
被告は,従業員らに対し,前月21日より当月20日までを1か月分として,その勤務実績に応じ,その月の25日に基本給等及び時間外手当等を含む賃金を支給している。
平成9年協約の締結
被告は,被告の経営状況の悪化を主な理由として,原告らが所属する本件組合との間で,①希望退職者の募集をすること,②希望退職に応じない労働者のうち,56歳に達した者は現行の基本給の30パーセント減とし,57歳以降の者は57歳到達時点の基本給の30パーセント減とする,③退職金の金額は,56歳到達時点での算出額で固定され,56歳から62歳の各到達時点ごとに7分の1ずつ支払う,などの内容を含む平成9年7月14日付けの労働協約(以下「平成9年協約」という。)を締結した。
平成13年度以前の時間外労働手当等の支払について
ア根拠規定
労働協約等
被告は,本件組合との間で,平成4年10月1日までに,同日から平成5年9月30日までの1年間を有効期間とする労働協約を締結し(以下「本件労働協約」と, いう。),その後,労働協約の内容の一部を変更するものとして,「協定書」及び「乗務員労働態様及び労働時間に関する協定」をも締結している(以下,これら全てをあわせて「本件労働協約等」という。)。被告と本件組合は,本件労働協約等について平成10年12月3日に,平成11年9月30日を有効期間の満了日とする更新を行っており,それ以前も双方の合意に基づき毎年更新していたが,上記更新以後,双方の合意による更新はなされていない(無協約状態)。
なお,本件労働協約は,無協約状態となった場合,その時点から90日間は効力を有すると定められており(本件労働協約117条),本件労働協約等は,平成11年12月29日まで,原告らが所属する本件組合と被告との間で効力を有していた。
就業時間
就業時間につき,本件労働協約35条は,「就業時間は1日7時間を原則とする。但し乗務員については,労働時間に関する協定書によるものとする」と定めており,乗務員の就業時間については,就業規則(以下,「本件就業規則」という。)が27条で「就業時間は休憩時間を除き1日7時間を原則とする」と定め,29条で「業務上の必要により労働組合との書面による協定で第27条の労働時間を延長することがある」と定めた。その後,平成8年6月17日,被告と本件組合は,同日付け協定書により,同月21日以降,就業時間を1日7時間15分とすることを合意した。
賃金体系・支給基準
賃金体系については,本件労働協約61条は,賃金規則がこれを定めるとしており,これについて,賃金規程(甲1。以下「本件賃金規程」という)が定められてい。る。本件賃金規程31条に基づき,時間外労働手当等の支給額については,本件賃金規程の別表に基づき計算すると定められた。本件賃金規程の別表は平成11年5月21日に改正され(以下,改正後のそれを「本件賃金規程別表」という。),本件賃金規程別表により時間外労働手当等の支給額の算定方法は以下のとおりとなった。
すなわち,時間外労働手当は1時間につき基本給等の額の0.00674(=1.27/(26日×7.25時間)),休日労働手当については1時間につき基本給等の0.00668(=1.26/(26日×7.25時間)),法定休日労働手当については1時間につき基本給等の額の0.00716(=1.35/(26日×7.25時間)),休日代休手当については1時間につき基本給等の額の0.00138(=0.26/(26日×7.25時間)),法定休日代休手当については1時間につき基本給等の額の0.00186(=0.35/(26日×7.25時間))である。
なお,時間外労働手当算定の際,時間外労働時間は,拘束時間(出社から退社までの時間)から,就業規則に基づく就業時間(以下,「所定労働時間」という。)である7時間又は7時間15分,所定労働時間につき60分の割合で与えられる休憩時間,及び開放時間をそれぞれ差し引いた時間をさすものとして,計算されていた。
また,高速道走行手当(以下,「高速手当」という。)については,明文の支給規定はないものの,遅くとも平成11年5月21日までには,高速道走行距離に応じて,被告から原告らに対し支給される旨の合意がなされていたその算定。方法は,本件賃金規程別表において,1キロメートル当たり9円と定められている。
さらに,本件労働協約に基づく被告と本件組合間の協定である「乗務員労働態様及び労働時間に関する協定」によれば,一仕業の中にある連続2時間以上の開放を「開放時間」といい,本件賃金規程別表によれば,開放時間に対しては1時間当たり400円(乗合)の開放手当の支給が定められている。被告と本件組合とは,平成11年12月ころ,同月2
1日以降の開放手当を1時間につき300円(乗合)とすることを合意した。
平成13年度以前において,高速手当と開放手当は併給されていた。
イ平成13年度以前の賃金支払について
被告は,原告らに対し,平成13年度に至るまで,上記1 ア (賃金体系・支給基準)記載の各規定ないし合意に基づき計算された時間外労働手当等を基本給等と共に支給していた。
平成13年度以前の休日の合意について
被告は,本件組合との間で,平成4年10月1日までに,年間休日を87日とする旨の労働協約を締結した(なお,甲17によれば年間休日は88日とあるが,甲17の全文として提出された甲53に基づき認定する。)。
平成11年3月26日の自動昇給の合意の存在等
被告は,本件組合との間で,平成11年3月26日付け「平成11年度賃金引き上げ並びに年間臨時給与第二基本給に関する協定書」中の「賃金関係」第10項において,「次年度の自動昇給については年令給300円,勤続給500円」である旨を定め,46歳未満の従業員に対し「自動昇給年令給」として300円を,56歳未満の従業員に対し,「自動昇給勤続給」として500円を支給することを合意した(以下「本件自動昇給の合意」という。)。
本件自動昇給の合意については,その後,明示に更新されたことはない。
平成13年4月1日施行の就業規則及び同年4月21日施行の賃金規程について
ア新就業規則等の制定及び施行
被告は,平成13年2月以降に,本件就業規則並びに本件賃金規程及び本件労働協約を初めとする従前の就業時間,賃金体系や支給基準を定めていた被告と本件組合との合意(以下,総称して「本件賃金規程等」ということもある)に代わる定。めとして,就業規則及び賃金規程(以下,「新就業規則」,「新賃金規程」といい,これらを総称して「新就業規則等」という。)を定め(その規範性については,下記のとおり争いがある。),新就業規則は平成13年4月1日以降,新賃金規程は同年4月21日以降に施行された。
イ新就業規則等の制定及び施行の手続
被告は,新就業規則及び新賃金規程の制定に際し,新就業規則及び新賃金規程を添付した書面をもって,本件組合及び被告における本件組合に属さない従業員の代表者より意見を聴取し,本件組合はいずれについても全面的な反対である旨表明したが,上記従業員の代表者は新就業規則・新賃金規程の改正に賛成し,何ら異議を述べなかった。なお,当時,本件組合員は約90名弱,本件組合に属さない従業員は約10名強であった。
また,被告は,新就業規則及び新賃金規程の施行までに,被告の従業員らに対し,新就業規則及び新賃金規程についての主要な変更部分について書面を交付するなどした。
本件訴訟において問題となっている新就業規則及び新賃金規程による時間外手当等及び休日の変更について
ア時間外手当以外の諸手当の変更
休日代休手当及び法定休日代休手当を廃止した。
法定休日労働手当は係数は変更せず,基礎日数を従前の26日から実態どおりの24日に変更した。その結果,単価は増額となった。
休日労働手当は,係数を法定のものに変更し,基礎日数を従前の26日から実態どおりの24日に変更した。その結果,単価は増額となった。
開放手当のうち,貸切については,対象者が極めて少数であることから,乗合と一本化した。また,開放手当と高速手当との併給は廃止した。
高速手当の単価を引き下げた。
イ時間外手当について
1か月単位の変形労働時間制の導入(新就業規則38条)及び時間外
労働時間算定方法の変更(新賃金規程24条)
新就業規則38条は,「(1ヶ月単位の変形労働時間制) 毎月21日を起算日とする1ヶ月を平均して1週40時間以内の範囲で,特定の日に7.25時間,特定の週に40時間を超えて就業させることがある。(中略)2,各月の所定終業時間はつぎの通りとする。暦日28日の月…1ヶ月間の所定就業時間を160時間以内とする。暦日29日の月…1ヶ月間の所定就業時間を165時間以内とする。暦日30日の月…1ヶ月間の所定就業時間を171時間以内とする。暦日31日の月…1ヶ月間の所定就業時間を177時間以内とする。」とし,新賃金規程24条により,「1ヶ月の時間外労働時間は1ヶ月の総労働時間から就業規則第38条に定める1ヶ月の所定労働時間を減じた時間とする。」と定めた。
そして,明確な定めはないが,新就業規則等の施行にあわせて,①時間外労働時間を,上記新賃金規程24条を満たし,かつ,労働基準法32条が定める時間(以下「法定労働時間」という。)を超える労働時間をさすものとし,また,②バスの乗務につき,営業所,車庫,旋回場,バスターミナル及び起終点停留所(以下,これらをまとめて「折り返し地点」という。)において待機している時間については,5分間のみを実働時間とし,残りの時間を休憩時間とする扱い(以下,この扱いにつき「みなし実働」と表記する。)とする運用を行うようになった。
なお,平成13年4月の新就業規則及び新賃金規程制定当時は,従業員が法定労働時間を超えて労働した日が存在しても,1か月の合計実働時間が法定労働時間を超えない限り,時間外労働手当は発生しないとの考えに基づき,計算していた。しかし,平成15年3月までに,労働基準監督署の指摘により,厚生労働省労働基準局賃金時間課編「労働基準法労働時間実務チャート」(以下,「労働時間実務チャート」という。)に則った計算を行って,平成13年4月から平成15年3月までの,新就業規則及び新賃金規程を前提とする時間外労働手当の支給不足分につき支払い,以後は,労働時間実務チャートに則って時間外労働時間を計算している。
時間外手当の係数を法定のものに変更し,基礎日数を従前の26日から実態どおりの24日に変更した。その結果,単価は増額となった。
ウ年間休日の削減
年間休日を87日から78日とした。
被告は,原告らに対し,各3日分の休日出勤手当を支払った。
被告の時間外労働手当等の支払
被告は,平成13年度ないし平成15年度において,時間外手当等として,原告らに対し,別紙「基準外賃金請求表」の被告支払額記載の各支払をした。

2 争点
勤務実績
平成13年度ないし平成15年度における原告らの賃金算定の根拠としての効力を有する規範は,本件賃金規程等と新就業規則等のいずれになるか。
本件自動昇給合意の性質

3 争点についての当事者の主張
勤務実績(争点 )
(原告らの主張)
原告らは,被告の指示の下,平成13年度以前の諸手当の支給基準によれば各手当の発生をもたらす,別紙「基本給,労働時間等一覧表」記載の「時間外労働「休日労働」, 」,「法定休日労働」,「休日代休」,「法定休日代休」欄記載の各時間の労働を提供し,又は,開放手当の発生する,同表「開放」欄記載の各時間の発生を伴う同表「高速走行距離」欄記載の高速道の運転業務を行った。さらに,原告らは,別紙「基準外賃金請求表」の「⑧休日減請求額」欄記載の各休日労働手当の発生に対応する休日労働に従事した。
ア時間外労働手当発生時間相当分の労働提供について
時間外労働手当発生時間相当分の労働提供については,被告の指摘を受けて訂正したことにより,被告において実際に使用していたコース表や運行カレンダー(乙23の1ないし6,24)に基づく算定となっている。
イ高速手当相当分の労働提供について
高速手当相当分の労働提供についても,被告の指摘を受けて訂正したことにより,原告らが参加したストライキ等を除いて労働提供を主張している。
(被告の主張)
各手当発生の対象となるか否かは争うものの,下記アないしエの各該当部分を除き,原告らが主張する労働の提供があったことは認める。
ア時間外労働手当発生時間相当分の一部の労働の提供がないこと
原告らの主張する時間外労働手当発生相当分の労働については,その時間の算定の際,各バスの運行コースにおける平日ダイヤ,日祝ダイヤ,土曜日ダイヤ,土曜休校日ダイヤ,休校日ダイヤ,正月ダイヤの六通りの運用による時間の差(乙5の1ないし6,23の1ないし6,24。以下,「変動ダイヤ」という)が。反映されていない部分があり,原告ら主張の時間と変動ダイヤに基づき算定した時間との差については,時間外労働手当相当分の労働の提供は行われていない。
イ高速手当相当分の一部の労働の提供がないこと
時限ストライキにより,原告ら主張の労働のうち,一部は実際には提供されなかった。
ウ法定休日労働手当相当分の労働提供がないこと
法定休日とは労働基準法35条に定められている休日をさす。被告は,4週間を通じ,4日以上の休日を与える使用者であるから,被告における法定休日は,4週につき4日となり(同法2項),法定休日労働に該当するのは,この4週につき4日の休日に労働に従事した場合のみである。そして,原告らが4週につき4日与えられる法定休日に出勤した事実は認められず,法定休日労働手当相当分の労働の提供はない。
エ休日代休,法定休日代休手当相当分の労働の提供がないこと
これらは,休日労働の代償措置として,事後に特定の労働日の労働義務を免除する「代償休日」が付与された場合に発生する手当である。被告は,原告らが休日労働を行う場合,事前に「振替休日」を指定しており,「代償休日」を付与することはないから,これらの手当の発生する労働の提供はない。

平成13年度から平成15年度までの原告らの賃金算定の根拠となる規定は本件賃金規程等と新就業規則等のいずれになるか。(争点2)
(原告らの主張)
本件賃金規程等である。
ア原告らは,被告との間で,被告及び本件組合の合意に基づく本件賃金規程等に基づき,個別的労働条件等が確立していたのであるから,労働条件を変更する就業規則及び賃金規程を適用するためには,原告らと被告との間の合意に基づく必要がある。しかし,新就業規則等は原告らとの合意に基づかないものであるから,原告らにつき,新就業規則等による労働条件の変更は効力を有しない。
よって,従前成立していた個別的労働条件が維持されていることとなり,本件賃金規程等(甲1,2,16,17,53ないし55,56,乙6)は,新就業規則制定後も原告らと被告との間では効力を有している。
イ仮に,就業規則が合意を与えていない労働者に対し効力を有する場合があるとしても,新就業規則等の制定には以下のとおり制定の必要性及び合理性がないから,原告らの賃金算定根拠とはなり得ず,平成13年度以前の算定根拠であった本件賃金規程等がその根拠となる。
新就業規則等の作成の必要性がなかったこと
a 新就業規則制定前の被告経営状況について
(a) 経営状況が改善傾向にあったこと
本件組合は,平成9年当時の被告の経営状況の悪化をふまえ,平成9年協約を締結するなど,被告の経営改善に協力してきた。
本件組合の協力の結果,人件費は,平成10年決算期には6億3000万円に減少し,平成11年からは年間賞与の支給がなくなり,この分の人件費が減少しているはずであって,平成12年には人件費が6億3500万円になるなど,人件費は減少傾向にあった。
他方,借入金は平成9年4月1日から平成10年3月31日までの間(以下,「平成9年度(会計)」とする。なお,以下では,ある年の4月1日から翌年3月末日までの期間を「年度(会計)」と表現する。)が14億1800万円,同10年度(会計)に14億1900万円,同11年度(会計)に12億7900万円であり,人件費を除く経常経費が,平成10年度(会計)に6億円,同11年度(会計)に5億6000万円,同12年度(会計)に3億5000万円と,人件費に対してほとんど改善されていないことが認められ,このころ,被告の経営を圧迫しているのは借入金と認められる。
平成12年には,3か月間合計1500万円の賃金の一部遅配があったが,これに充てるために被告が所有するトモテツセブンの株式を売却し,7742万円(補助金8000万円ー特別損益258万円の差額)の売却損失を出し,当期損失は4252万円になっているが,売却損失の発生さえなければ,平成12年度(会計)には7742万円と4252万円の差額の3500万円の当期利益が出るまでに経営が改善されていた。
よって,被告は,当時,多額の借入金が経常費用を増大させている点を改善すれば,被告の経営は改善されたといえる状況であった。
(b) 経営改善のためにとりうる容易な手段があったこと
被告が平成12年2月に被告の不動産部門と貸切部門の分社化の提案をしていること,後に有限会社トモテツ不動産(以下,「トモテツ不動産」とする。)となった不動産部門には組合員がおらず,分社化は容易であったこと,借入金の担保となる不動産の土地再評価益を計上すれば借入金の担保力を有することも理解していたことに鑑みると,被告は,不動産部門を分社化し,それに不動産を移転して借入金の債務者も同社に移管すれば,借入金が経常費用を増大させている状況を改善しうることを認識していたはずである。
(C) 小括
以上のとおり,被告が,平成13年4月において,就業規則の改正及びそれに伴う労働時間の算定方法の変更をして,人件費の大幅な削減をはかる必要はなかった。
実際に,被告の平成13年度(会計)の決算期は,被告の借入金はトモテツ不動産に移管されてゼロとなっており,経常収益と経常費用とが均衡したことから,平成14年度(会計)以降の経常費用も大幅に減少したものと推認される。そして,平成17年度(会計,すなわ) ち180期会計年度には,被告は,当期利益が4985万円,累積利益が約5997万円に達し,トモテツ不動産に8050万円も出資するなど,経営状況は完全に回復している。
b 本件賃金規程等及びその運用の正当性
本件賃金規程等及びその運用は,被告と本件組合との協議のもとで,労働の実態に添った正当かつ適切なものである。
すなわち,平成13年度以前における時間外労働時間とは,拘束時間から休憩時間及び開放時間を引いた時間のうち労働時間を超えた時間をいう。労働時間は,就業規則等で定められた時間をさし,具体的には7時間15分である。拘束時間とは,出社時間から退社時間を差し引いた時間である。休憩時間は,本件労働協約36条において,「労働時間が7時間迄は1時間,7時間を超える時は1時間以上とする。」とされ,昭和61年11月21日に原告ら所属の本件組合と被告との間で結ばれた「乗務員労働態様及び労働時間に関する協定」により,「休憩時間最低1時間とし,拘束8時間につき60分の割合で分単位とする。」とあることから,拘束8時間15分につき60分の割合で分単位とする運用がされてきた。開放時間については,連続2時間以上の手待ち時間をさす。
なお,休憩時間については,労働を開放する性格を有することから,バスの折り返し地点等における非乗務時間といえども,停車中のバスにつき盗難や毀損されないよう保全,管理する義務があることから,これを休憩時間に含めることはできない。ただし,本来は拘束時間全てが労働時間に当たるが,全てが高度な注意義務を要請される運行業務ではないことから,前記のとおり,本件組合と被告は,合意をもって,8時間15分の拘束時間に対し60分については休憩時間と扱うことにしたものである。
新就業規則等の内容及びその運用の不合理性ついて
a 労働時間について
(a) 被告の変形労働時間制が違法であること
時間外労働時間は,各労働日ごとに算定し,発生時間の集計により1か月分の時間外労働時間を算定するものである。にもかかわらず,新賃金規程24条1項の「1ヶ月の時間外労働時間は1ヶ月の総労働時間から就業規則第38条に定める1ヶ月の所定就業時間を減じた時間とする」。との定め及び新就業規則制定当時の被告の運用をみるに,被告が採用した変形労働時間制は,1か月単位の時間外労働時間の合計が1か月単位で算定された不足労働時間の合計を上回らなければ時間外労働時間とみなさないものである。これは,恣意的かつ労働基準法32条の定める「1週40時間,1日8時間を超えて労働させてはならない。」との定めに反する違法な規定ないし運用である。
労働基準監督署は,被告に対し,被告が採用した変形労働時間制が違法である旨指導し,争いのない事実(第2の1)記載のとおり,被告は1日単位の労働時間に対する時間外労働手当を支払うようになったが,これが前記の違法を治癒するものではないし,それにより原告らが被った不利益の代償措置ともならない。
(b) 不合理なコース編成やみなし実働などの被告の恣意的な労働時間の定めが可能となっていること
まず,前記のとおり,新就業規則等の制定に伴い,時間外労働手当の支給対象となる労働時間を所定時間を超える労働時間から法定労働時間を超える労働時間に変更したが,これには合理性がない。
また,コースの変更等により,原告らに苛酷な労働を強いることになっているし,2時間以内の折り返し時間で時刻表が組まれていることから,開放手当が発生せず,4時間2分もの無給拘束時間が発生するという不合理なコース編成となっている。
また,被告が定めた5分間のみなし労働との考え方には合理性がない。すなわち,まず,折り返し地点においてはバス管理業務を行わなければならず,これを休憩時間とみなすことはできない。すなわち,道路などの公共用施設での使用許可による駐車は,他者の使用を排除して使用できる占用許可を得ているのではなく,他者の使用とも調整する必要があるのであり,また,自己の車庫以外においては,バスが乗っ取られることを防ぐなどの管理も必要であって,バスを離れ,休憩するなどできず,そもそも労働時間とすべきである。仮に,折り返し時間全部が労働時間でないとしても,上記のバスの管理に加え,バスの乗務員は,降車業務,車内の忘れ物等の見回り,車内放送テープ等の変更,発車位置への運行業務,案内業務が,入庫,車庫においては,給油業務,運賃精算業務,洗車業務,整理券の確認,面接点検などがあり,これらの業務については被告が主張する5分間以上の時間を要する。また,交通渋滞等によりバスの延着もあり得る。
このような不合理なコース編成等は,新就業規則等及びその運用において,労働時間をどのように捉えるか,例えば折り返し時間を労働時間とするか否か,労働時間としない場合はどのような時間と捉えてどのような手当の対象とするかにつき,労使協議で決定すべきであるのに,これを採用していないために生じている。
労働時間のとらえ方につき,被告が独断的に定められる場合,折り返し時間を短時間として乗務員に苛酷な労働を強いるようにしたり,無給の拘束時間を増やしたり,時間外労働時間を全く発生させないようにしたり,開放手当の支給を排除するような時刻表を作成することが可能になるが,これは実質上被告の労働者らの労働条件の低下につながり,ひいては,バスの乗客らの身体,生命を預かる運行業務において,その安全性にもかかわることになりかねない。にもかかわらず,被告の独断的な定めを許容する新就業規則及びその運用は不合理である。
b 高速手当及び開放手当の性質等
高速手当及び開放手当については,平成13年度以前のとおり,高速道の走行距離に応じ,併給して支給されるべきである。
代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
a 新就業規則により,時間外手当等の支給率が上がったり,基本給の最低補償額の設定はあるとしても,被告が時間外労働の発生を妨げるようなコース設定をするなどの行為をしている以上,支給率が上がっても原告らの不利益が減少するものではないし,基本給の最
低補償額の設定も,平成9年協約において56歳以上の基本給を30%カットした上での規定であるから,原告らが実際に受領する給与の大幅な低下は避けられず,原告らの不利益を大きく減少させるものではない。
b 被告の新就業規則等によっても,「拘束時間」につき,「開放手当」や「時間外労働手当」による対応が考えられるが,恣意的なコース編成で時間外労働時間の発生を妨げたり,「連続2時間以上の開放」を要件とする新就業規則等では,1回の「開放時間」を2時間以下にすれば1日の合計開放時間が2時間を超えていても開放手当が支給されず,従前は「拘束時間」から休憩時間と開放時間を引いた部分が「労働時間」とされ,上記のような場合でも給与の対象となっていたにもかかわらず,新就業規則のもとでは,無給の拘束時間となることなどに鑑みると,これらによる実質的な代償はない。
労働組合との交渉状況
みなし実働に類する労働時間算定方法を採用している他社においては,労使協議の上でその扱いが定められているにもかかわらず,被告からは,本件組合に対し,労使交渉の申し出さえなかった。
同業他社の状況
a 労働時間の算定方法について,被告は,同業他社のほとんどが,みなし実働と同様の算定方法を採用すると主張するが,被告主張の算定方法をとっている会社は明らかではない。
また,事業者別労働時間比較表(乙57の1)及び被告の主張の根拠とする資料(乙57の2)は,作成の目的等が明らかでないこと,例えば,広島バス株式会社(以下,「広島バス」という。)において,同社の労働組合との間で,2種類定められたうちの長い方の拘束時間が13時間であるにもかかわらず,同資料における拘束時間の最長が8時間32分となっていることなど,その内容の正確性に疑問がある。
同資料を前提としても,拘束時間のうち67%しか労働時間に当たらないという点において,被告が原告らに対し,不当に無給の拘束時間を強いている,すなわち実働時間を低く算定している証左とみるべきである。
被告は,被告の平均基本給が福山地区のバス会社三社のうちで最も高水準であるなどと主張しているが,広島市や呉市の平均基本給と比較すれば到底高水準といえないし,そもそも,時間外労働手当等の基本給以外の支給も含めた額での水準で比較すべき問題である。
b 広島バスは,被告の主張する労働時間算定の方法をとっておらず,折り返し時間全部を労働時間とする原告ら主張の算定方法をとっている。また,同社は,同社労働組合との間で,休憩時間につき「1回60分を与えることを原則とする。但し,長勤ダイヤは90分を原則とする」と定めるなど,長時間の休憩時間が発生しないように制約を設けて,長時間の拘束時間にわたる時刻表の運行業務を生じさせないようにしている。
広島電気鉄道株式会社(以下,「広島電鉄」という。)では,被告主張の算定方法のうち,折り返し時間の全部を実働時間と扱わない算定方法を採用してはいるが,それは同社と同社労働組合と協議の上でなされている。また,同協定において,都市圏乗務員に関して,「折
り返し時間」について,営業所等の休憩施設のある場所での次の運行開始までの時間を除外した上で,「7分以下の場合は労働時間」とし,8分以上の場合でも,「延着時間」,「客扱い(乗客の降車時間をさすと思われる),車両移動の必要性があると認められる場所」での時間,「回転時分」,「清掃」等についての労働時間とし,その上で,「折り返し時間」のうち7分を労働時間に組み入れるというものであり,その内容は,被告の定めるみなし労働時間とは質的に異なり,実際の業務に適合する内容である。
また,芸陽バス株式会社(以下,「芸陽バス」という。)の労働協約には「勤務時間から実働時間及び休憩時間を差し引いた時間が8時間を超える」時間を拘束時間とし,これに1時間につき400円を支給するという拘束手当を付与することを合意している。この規定は,始業から終業までをさす「勤務時間」が8時間を超える場合に「勤務時間」から時間外を含む「実働時間」及び「休憩時間」を差し引いた時間につき,1時間当たり400円を支給するという意味であり,拘束手当は,折り返し時間のうち,被告のいうみなし労働時間に当たる7分間の「手待ち時間」を超えるが,例えば,バスの運行管理を要する場合など休憩時間と考えることはできない時間につき,前記規定の要件を満たした場合に付与される手当と考える。被告が述べるような,5分を超える折り返し時間につき,労働時間に入れる余地を残していない被告の考え方とは質的に異なるし,労働時間に組み入れられた場合に生じうる時間外手当の額も看過できる額ではない。
原告らの被る不利益が受忍限度を超えていること
a 休日減について
本件賃金規程等に基づく運用に基づき,与えられていた休日が9日間も減少しており,その不利益は受忍限度を超える。
b 賃金について
新就業規則等に基づき,被告主張の時間外労働手当等の算定方法を採用し,さらに,前記休日減に伴い,得られたはずの休日労働手当を失うこと等に鑑みれば,原告らは平均して月額5万円,年間60万円も時間外労働手当等の減額を受けることになり,この不利益は受忍限度を超えている。
(被告の主張)
新就業規則等がその根拠である。
合理的な内容の労働条件を定めた就業規則は,労働者が個別的に同意を与えていなくとも規範性が認められ,就業規則の不利益変更についても,不利益を労働者に受忍させることが許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的内容であれば効力を生じるとするのが判例法理である。新就業規則等についても,原告らの合意はないものの,以下の諸事情から,高度の必要性及び合理性が認められ,規範性を有する。
ア新就業規則の作成につき高度の必要性が認められること
新就業規則制定前後の被告経営状況
平成9年協約締結後も,被告の経営状況は悪く,新就業規則制定時である,平成13年2月前後も危機的といえる状況であった。
具体的には,まず,平成9年協約で定めた退職金の分割支払が平成11年8月ころより遅配し始め,そのころ被告従業員の一部による退職金支払の訴訟提起を受けた後,平成16年3月末までの分割支払で遅配状況を解消する状況であった。また,被告は,平成12年2月より3か月間,従業員に対する賃金の支払を毎月遅配し,平成12年4月よりすくなくとも平成17年1月までの賃上げをなさず,平成12年7月以降,平成16年3月までの間に,夏期,冬季賞与を支払っていない。
新就業規則等変更以外にとりうる手段の不存在
被告は,平成12年1月ころ,本件組合に対し,3分社化を基本とする合理化の提案をしたが,本件組合がこれに応じず,長期間にわたって全面ストライキなどを行った。そこで,被告は,平成13年8月1日に商法に基づく会社分割を行い,多数の銀行借入債務を所有不動産と共に新設したトモテツ不動産に移した。これにより,被告は,路線バス事業のみを営む会社として現在まで存続しているが, 記載のとおり,高水準の退職金制度など人件費の負担が被告の経営危機の大きな要因の一つであり,労働条件変更による人件費抑制の要請は大きく,分社化後も新就業規則等の制定の高度の必要性があった。
本件就業規則等及びその運営における不合理性の是正の必要性が高かったこと
本件賃金規程等においては,例えば,時間外労働時間の明確な算定方法の基準等が定められていないなどの不合理な部分がある上,実際の運用も本件組合優位の力関係によるルーズな管理が行われており,その是正が必要であった。すなわち,労働基準法32条,40条によれば,1日8時間,1週につき40時間の法定労働時間を超えた部分につき時間外労働となり,解釈上,就業規則等で定めた労働時間を超えて労働しても,労働基準法上の労働時間を超えない労働については割増賃金の対象とならないとされている。にもかかわらず,争いのない事実(第2の1)記載のとおり,本件就業規則等に定められた就業時間を超える時間としているのは誤りであり,それを是正する必要性があった。
イ新就業規則等の内容の合理性
労働時間について
a 変形労働時間制(算定ミスへの対処も含む)の合理性
変形労働時間制は法律上認められているものであり,被告は,これを従業員各自に周知させ,法律に則った時間外手当の計算をしている。なお,原告らは,争いのない事実(第2の1)記載のとおり,被告において新就業規則制定直後行っていた誤った時間外労働手当算定の方法が労働基準法に違反し,誤った算定方法により生じていた時間外労働手当の不足分の支払をもってしても,その瑕疵が治癒されるものではないと主張するが,その主張には理由がない。
b みなし実働の合理性
被告が,新就業規則等の運用上,採用したみなし実働は合理的なものである。
折り返し地点のうち,営業所及び車庫については,バスを存置するための施設であるから,乗務員がバスを管理する必要性はなく,専用の休憩室も確保されている。その他の場所においても,駐車スペースは問題なく確保されており,実際にも乗務員のほとんどは当該場所においてバスから離れている。さらに,路線バスにおいて,災害時等の緊急事態を除いては,あらかじめ定めた時刻表に従って運行されており,折り返し時点において,原告らが被告よりの就労の要求があり得る状態で待機しているようなことはない。ほとんどの場所に休憩所があり,乗務員の被告の指揮命令から離れることを認め,実際に乗務員らは各自自由に行動している。
よって,折り返し地点における非乗務時間(待機時間)は休憩時間である。ただし,いずれの場所においても給油や出発前の準備行為等の業務が発生する場合を考慮し,5分間はみなし実働時間として考慮しているのであり,みなし実働は合理的なものである。
休日減に伴う休日労働手当
本件就業規則等で与えていた年間87日の休日のうち,6日については,従来から,有給休暇の上乗せ分である「特別休暇」として運用されており,全員が必ず行使していた「休暇」ではなかった。よって,原告らの休暇の減少は3日とみるべきであり,特別休暇減少分の6日の労働は休日労働とはならず,休日労働手当を発生させないのが合理的な扱い
である。
高速手当及び開放手当の性質等
a 高速手当の性質
都市間高速バスに乗務する場合の時間外割増賃金に相当する性質をもち,一行程に要する時間が2時間以上であることから,高速バス業務のうち,当該労働日の労働時間が法定労働時間に達しない場合は,時間外割増賃金相当分という高速手当の性質上,高速手当を発生させないのが合理的である。よって,高速バス運転業務に従事しても,時限ストライキなどで法定労働時間に満たない場合は,労働提供された距離全体につき高速手当は発生しないとする,新就業規則等の制定以後の被告の運用は合理的である。
b 開放手当の性質及び高速手当との併給について
開放手当は一日の拘束時間が10時間15分を超え,かつ,連続して2時間以上の休憩があるときに発生するものであり,時間外割増賃金の性質をもつ。
よって,いずれも時間外割増賃金の性質をもつ高速手当と開放手当の併給はその性質上あり得ず,併給を廃止した新就業規則等の内容は合理的なものである。
ウ代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
時間外手当の支給率につき0.00668から0.00718に,休日労働手当の支給率につき0.00668から0.00718に,法定休日労働手当の支給率につき0.00716から0.00776にそれぞれ原告らに有利に変更された。また,新就業規則等には,平成9年協約により,基本給の3割カット対象者の減額後の基本給20万円の保障など,従業員に有利な内容のものも含まれている。
時間外労働時間の算定について,就業時間は従来と変わっておらず,労働基準法上認められている1か月単位の変形労働時間制を採用したため,時間外労働時間の算定において従来と変更された部分があるにすぎない。
エ本件組合との交渉経緯
被告と本件組合の間に多くの労働協約が締結されていたが,平成10年以降,本件組合は,被告の経営改善のための提案等に全く応じず,賃金の増額,賞与の従前どおりの支給のみを要求する状況が続いたため,被告は,組合との労働協約を全て期間満了で終了させ,新就業規則等の制定に至ったのである。
オ同業他社との比較
原告らは,出勤時間から退勤時間までのいわゆる拘束時間を原則として労働時間であるとの立場にたち,同業他社においても同立場が一般的であると主張するが,一般的に,同業他社においてはみなし実働類似の考え方をとっている。
被告の拘束時間に対する実働時間の割合は67%であり,広島県内同業18社の中で9位であり,被告らの実働時間算定方法は特殊なものとはいえない。
被告の平均基本給は,福山地区のバス会社三社のうちで最も高水準である。
確かに,広島バスは原告らの主張と同様の立場にたっているが,これは同社の路線が運行頻, 度の高い広島市中心部に集中しており,他社(広島県18社の平均10.22時間)と比較して拘束時間の短いダイヤを編成することが可能であるから(同社は7.58時間),なされた例外とみるべきである。
広島電鉄は,折り返し時の時間全てを労働時間とはせず,みなし実働時間の考えを採用しており,原告らが実働時間と主張する営業所内の待機時間を実働時間から除外するなど,被告同様の運用をしていると見える。
芸陽バスも同様であるし,芸陽バスの拘束手当は,「勤務時間から実働時間及び休憩時間(1時間)を差し引いた時間が8時間を超える」場合に支給する(甲85号証)とされており,同社の平均実働時間が7時間20分であることに鑑みると,具体的には,拘束時間が16時間20分を超えた場合に支給される手当となる。そして,同社の最長拘束時間が13時間50分であることに鑑みる(乙57の2)と,同社において,拘束手当が支給されることはほとんどないと考えられる。
カ原告らの被る不利益が受忍限度内であること
前記争点2についての被告の主張をふまえた上で,本件就業規則及び賃金規程に基づき原告らの時間外手当等を算定した合計は,平成13年度(11か月分)が102万5798円,平成14年度が金263万5856円となり,原告ら1人が受ける不利益は年間3万円程度と小さく,被告の新就業規則制定時の経営状況に照らせば,受忍限度内である。なお,原告らの請求の趣旨変更後の訴額の合計は3年間で6243万3671円,原告らの3年間の延べ人数合計174名であるから,請求額の1人当たりの月額は2万9901円,年額で35万8814円となり,原告ら主張の不利益の額は過大なものである。
休日代休手当,法定休日代休手当は廃止したが,新就業規則41条に休日の振替の規定を定め,実際にこれらの手当の発生する場合がなくなったためであって,原告らに不利益とはいえない。
また,年間休日数を87日より78日へと,9日分減少してはいるが,労働基準法上の休日規定に準拠する合理的な減少である。しかも,6日分については,被告と本件組合との力関係により実質上有給の上乗せ分とさせられていた部分の是正であり,3日分の減少は,平成13年当時の前記の被告の経済状況に照らせば,原告らが受忍すべき範囲である。
高速バス手当は1キロメートル9円から7円に減少しているが,対象となる職員は乗務員のごく一部であり,前記の減額は,平成13年当時の前記の被告の経済状況に照らせば,受忍すべき範囲内である。
開放手当の高速手当との併給廃止は,そもそもいかなる場合に開放手当を支給するかは,被告の経営状況や実情に応じて定められるものであり,併給廃止が特に不合理とはいえない。

本件自動昇給合意の性質(争点3)
(原告らの主張)
本件自動昇給の合意は,合意の「次年度」たる平成12年度のみではなく,それ以後の昇給も規定したものである。
(被告の主張)
ア本件自動昇給の合意は,労使合意による賃金引き上げにおける配分作業の一名目であり,被告において一定期間の経過による昇給を意味する自動昇給制度を採用したものではない。よって,本件自動昇給の合意は,その明示の期間終了後である平成13年4月21日以降の昇給について定めておらず,原告らが主張する自動昇給による賃金はそもそも発生しない。
イ原告らが11か月分(平成13年4月21日から平成14年3月20日まで)の昇給分の賃金として請求している額は,月額昇給額に照らすと23か月分となり,その差額については発生しないものである。また,原告らの主張する請求対象期間については,原告らは1か月間のストライキを行っており,この期間についても,自動昇給賃金は発生しない。
ウ原告らが主張する期間の自動昇給賃金については,基本給の一部として支給済みである。

第3 当裁判所の判断
1 事実の認定
争いのない事実,証拠(甲74,76の1・2,77,81,83ないし85,乙3,16の1ないし29,30,31の1・2,44,52,53,55の1ないし14,58の1ないし5,証人B,原告A57及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,末尾に証拠の記載のない事実は,当事者間に争いがない。))。
平成9年協約締結前後から現在までの被告の経営状況
被告においては,昭和59年度(会計)以降平成9年度(会計)までの間,その事業の中心である自動車運送事業において補助金等を考慮しても実質的な損失が続いており,その後も好調な収益をあげていなかった(乙55の1ないし14,証人B)。
平成2年度(会計)以降平成6年度(会計)まで毎年3億5000万円から3億8000万円程度の次期繰り越し損失を計上するようになっていたが,平成7年度(会計)には次期繰り越し損失は4億円を超え,平成8年度(会計)には約5億7000万円となり,平成9年度(会計)には6億円を超えるなどその経営状況は悪化し続けた。
被告は,経営状況の改善をはかる一途として,人件費の削減のために,本件組合との間で平成9年協約を結ぶなどしたが,経営状況に大きな改善はみられず,被告は,平成13年度(会計)に至るまで,主として,その資産に比して多額の借入金で経営を維持していた。
(以上につき,乙53,55の1ないし14,証人B)
上記の経営状況であっても,被告は,その従業員らに対し,平成9年度(会計)から同11年度(会計)の間は,一定額の賃上げを行い,賞与を支給したが,平成11年の秋から,平成9年協約に基づき分割にて支給されていた退職金の遅配が生じ,平成12年の2月から4月までは,従業員らへの給与の一部,3か月合計で約1500万円程度の給与が遅配となった。
平成12年5月,給与の遅配は被告が所有していた株式を売却して得た金銭を充てて解消したが,そのために数千万円単位の株式売却損が生じた。また,平成12年度(会計)以降,被告において,従業員の昇給はなされておらず,また,平成12年の夏ころから平成17年2月までは従業員に対する賞与の支給もなかった。
(以上につき,乙53,証人B,原告A57)。
被告においては,平成12年7月に被告の貸切部門を分社化したことから,それに伴う人員減少に伴う人件費の減少等があったものの,他方では上記の株式売却損もあったことから,平成12年度(会計)の累積損失は7億円を超えた。
被告は,平成13年1月,被告の不動産部門を分社化してトモテツ不動産を設立し,乗合バス部門と整備工場部門のみとなった(なお,後に,乗合バス部門のみとなる。)。
被告は,トモテツ不動産の設立に伴い,被告の借入金等の負債を全てトモテツ不動産に移したため,平成13年度(会計)では借入金がなくなり,土地評価差額金等も計上されたことから,累積損失は約5000万円程度まで減少した。
(以上につき,乙53,証人B)
被告は,平成15年度(会計)には税引き前の当期純利益を計上し,平成16年度(会計)においては次期繰り越し利益が約1100万円計上され,平成17年度(会計)においては当期未処分利益を約6000万円計上した
(甲82,証人B)。
被告は,平成17年3月に,被告の全従業員を対象に1人2万円の賞与を支給し,平成18年3月には,平均すれば1人当たり5万円となる程度の賞与を支給した(乙53,証人B)。
新就業規則,新賃金規程制定に先立つ,被告と本件組合との交渉状況
本件組合及び被告は,平成11年7月28日付け「労働協約改訂申込書」同「労働協約改訂申入書」により,そのころ,相互に本件労働協約の改訂を申し入れた(甲76の1・2)。
平成11年12月ころ,本件組合と被告の間で団体交渉が行われ,被告は,本件組合に対し,「1 60歳以降の雇用延長・・・継続協議とする・・・2 退職金協定現行内容で2003年3月末まで協定する。・・・3 支部要求・・・⑤協定期間要求どうりとする。・・・」との記載がある平成11年12月8日付け「回答書」を交付した(甲77,原告A57)。なお,原告A57は,同「回答書」をもって,被告と本件組合が本件労働協約の期間を1年間延長する旨の合意をし,被告及び本件組合間の慣行により,合意内容の書面化及び押印を例年7月に行われている支部定期大会において行う予定にしていた旨述べるが平, 成10年12月3日付けで作成されている「協定書」(乙30)の存在,及び「回答書」が手書きのものであり,その末尾に「・・・現在の人員でお願いしたい」などという記載等も存在することに鑑みると,同「回答書」記載の内容について,同「回答書」交付時点までに被告と本件組合との間で合意がなされたとの原告A57の供述を信用することはできず,その他の証拠に鑑みても,同「回答書」記載の日時で本件組合と被告の間に同「協定書」記載の内容の合意がなされたと認定することはできない。
被告は,本件組合に対し,乗合事業,貸切事業,整備工場の3部門を分社化し,独立採算単位とすることなどを内容とする平成12年1月27日付け「提案書」及び同「再建基本計画」をもって,そのころ,同「提案書」等記載の各事項につき本件組合に提案した。なお,同「提案書」等には,前記分社化につき「本件労働協約96条により諮問する」との記載もある(乙31の1・2,53,証人B)。
被告と本件組合は,上記分社化について協議を重ねたが,昇給や賞与の支給を強く要求する本件組合に対し,被告は被告の存続のためには分社化が不可欠であるとの認識でおり,前記のとおり,平成12年度以降,昇給及び賞与の支給を行わなかったことなどから,上記分社化についての議論は進展しなかった(甲81,乙53,原告A57)。
被告は,本件組合に対し,平成12年6月29日付け「労働協約の失効について」と題する文書をそのころ交付して,本件労働協約が平成11年12月29日をもって失効したこと,及び,労働協約を再締結する意思がないことを通知した(乙3,30,証人B)。
被告は,平成12年7月,本件組合の同意を得ることなく,会社分割の方法で被告の貸切バス部門を別会社とした。
本件組合は,平成12年11月13日付けで,被告が労働組合法7条1号,3号に該当する行為を行った旨の申立てを労働委員会に行い,以後も,被告と本件組合との間で,本件労働協約等の効力や分社化をめぐる複数回の団体交渉は続けられたが,これらの点につき,被告と本件組合との間で合意ができることはなく,平成13年5月29日に,本件組合は労働委員会に対する申立てを取り下げている(甲81,乙58の1ないし5,原告A57)。
被告は,平成13年1月,本件組合の同意を得ることなく,会社分割の方法で被告の不動産部門を分社化してトモテツ不動産を設立し,借入金を同社に移管した。
被告は,平成13年2月に,争いのない事実(第2の1の )記載のとおりの手順で,新就業規則及び新賃金規程制定を行った。ただし,新就業規則及び新賃金規程制定に関する議論の中で,被告が,本件組合に対し,新就業規則及び新賃金規程に基づく具体的な賃金算定方法を説明したと認めるに足りる証拠はない(証人B,原告A57)。
本件組合は,平成13年3月19日から同年7月31日の間,12年春及び平成13年春の各昇給等の実現を求めてストライキを行うなどし,中でも,平成13年6月21日以降は,合計40日間,全面24時間ストライキを行っており,被告と本件組合との交渉は決裂していた(乙16の1ないし29)。なお,被告と本件組合との間には,平成12年2月から平成13年7月までの間に合計41回の協議がもたれている(乙52)。
被告と本件組合の上記協議においては,主として分社化と昇給等の労働条件について協議がなされているが,少なくとも,平成13年7月及び8月においては,労働協約再締結についての協議もあった(甲81)。
同業他社の状況
ア拘束時間と実働時間の割合等
被告は,平成14年度(会計)において,従業員数64人,車両数79台を有し,営業収入として約7億9000万円を計上しており,平成14年度の平均拘束時間と平均実働時間の比率は67%であり,これは広島県の同業他社18社の平均値である69%を若干下回る程度である(乙57の1)。
イ広島バスの状況
広島バスは,平成14年度(会計)には従業員数488人,車両数245台を有し,営業収入約43億円を計上しており,平成14年度(会計)の平均拘束時間と平均実働時間の比率は87%である(乙57の1)。
広島バスは私鉄中国広島バスと協議の結果,平成12年2月18日,「乗合ダイヤ編成基準(協定書)」を締結している。
広島バスにおいては,拘束時間から同協定書所定の休憩時間を差し引いた時間を実働時間として労働時間の算定を行っている。
なお,同協定書の「7.休憩時間」において,「1)1回60分を与えることを原則とする。但し,長勤ダイヤは90分を原則とする。」との定めがあることについては原告らの主張のとおりであるが,同項には,「2)業務の都合により分割して与えることができる。」といった定めもあることから,上記「1)」の内容については,1回当たりの休憩時間についての定めをしたものとも解釈することができ,同条項から直ちに,広島バスにおいて長時間の休憩時間が発生しないよう制約を設けた趣旨であると解することまではできない。
(以上,甲83)
ウ広島電鉄の状況
広島電鉄は,平成14年度(会計)には従業員数1340人,車両数550台を有し,営業収入約103億円を計上しており,平成14年度(会計)の平均拘束時間と平均実働時間の比率は79%である(乙57の1)。
広島電鉄においては,同社における労働組合との協議の結果定まったものと認められる「乗務員の労働条件に関する付帯条件」のうち,「2 都市圏輸送乗務員」における規定がバス乗務員についての規定であるが,その中で「 折り返し時, 間①「折り返し時間」とは,道路上・ターミナル等で運行終了後,次の運行開始までの時間をいう。従って,営業所・駐在地等,休憩施設のある場所での次の運行開始までの時間は「折り返し時間」としない。②「折り返し時間」が7分以下の場合は労働時間とする。
③「折り返し時間」が8分以上の場合は次のとおりとする。 客扱い,車両移動の必要性があると認められる場所においては,労働時間とする。(b)客扱い,車両移動の必要性がないと認められる場所においては,休憩時間とする。④「折り返し時間」に「回転時分」がある場合,「回転時分」を到着時刻に加えて「折り返し時間」を定める」と定め,また,「 実乗務時間」について,「所定労働時間内の実乗務時間は,ダイヤ上の所要時間」とし,「 その他の労働時間」について,清掃,燃料給油,納金等についてはそれぞれ所定の時間を定めている。
なお,広島電鉄においては,「折り返し時間」とされない,「営業所・駐在地等,休憩施設のある場所での次の運行開始までの時間」については,条項の趣旨等に鑑み,これを休憩時間とする扱いがなされているものとみなすのが相当である。
(以上,甲84)
エ芸陽バスの状況
芸陽バスは,平成14年度(会計)には従業員数183人,車両数127台を有し,営業収入約17億8900万円を計上しており,平成14年度(会計)の平均拘束時間と平均実働時間の比率は64%である(乙57の1)。
芸陽バスにおける「就業規則労働協約諸規程便覧」の42頁「2基準外賃金」と題する表の「拘束手当」の欄において,「(乗合)・(貸切)勤務時間(被拘束時間)から実働時間(時間外を含む)及び休憩時間(1時間)を差引いた時間が8時間を超える場合,1時間につき400円を支給する」と定められている。ところ(甲85),この条項は,その文言上,勤務時間(被拘束時間)から実働時間(時間外を含む)及び休憩時間(1時間)を引いた時間自体が8時間を超える場合に手当を支給する旨定めたものと認められ,勤務時間が8時間を超えた場合の手当の支給を定めたものという原告らの主張は独自のものであって,採用できない。
なお,原告A57の供述及び陳述書(甲74)は,芸陽バスにおいて,折り返し時間のうち,実働時間となるのは5分であり,残り時間については1か月分を積算して,その積算時間に対し,待機ないし手待ち時間として1時間400円の手当を支給する扱いになっているというものであるが,上記の「2 基準外賃金」と題する表において,該当しうる手当の記載もなく,芸陽バスにおいて,待機ないし手待ち時間に対する手当の支給があると認めることはできない。
2 争点1について
法定休日労働について
本件賃金規程等において,法定休日手当と休日手当が併存していることに鑑みると,本件賃金規程等における法定休日とは,労働基準法35条の定める休日を指し,法定休日労働とは,同法35条に定める休日に労働することを意味すると解するのが相当である。そして,原告らが法定休日労働に従事したことを認めるに足りる証拠はなく,法定休日労働に基づく原告らの請求は理由がない。
休日代休,法定休日代休手当の発生する労働について
休日代休手当又は法定休日代休手当が発生する場合については,本件労働協約等の被告及び本件組合との合意等をみても明確な定義は見あたらないものの,争いのない事実(第2の1)に記載のとおり,これらの手当とは別に休日労働手当及び法定休日労働手当等が支給される場合が定められ,平成13年度以前においては,休日労働の一部に対し,休日労働手当等とは別に休日代休手当又は法定休日代休手当の支払がなされていたものと認められることなどに鑑みると,被告主張のとおり,休日労働の代償措置として,事後に特定の労働日の労働義務を免除する「代償休日」が付与された場合に,当該労働日に対し発生する手当とみなすのが相当である。そして,平成13年度以降に代償休日が付与されたことを認めるに足りる証拠はなく,休日代休,法定休日代休手当の発生する労働の提供に基づく原告らの請求は理由がない。

3 争点2について
原告らの同意の要否について
争点2においては,同意に基づかない就業規則の規範性が問題となるところ,この点については,同意に基づかない新たな就業規則の作成又は変更によって,労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として,許されないものであるが,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒否することは許されないものと解される(参照最判昭和63年2月16日第3小法廷判決。したが) って,新就業規則等の制定につき,原告らの合意がないことのみを理由として,本件賃金規程等が平成13年度から平成15年度までの原告らの賃金算定の根拠となるとの原告らの主張は,独自の見解であって,採用できない。
以下において,新就業規則等が規範性を有するか否かについて検討する。
高度の必要性について
ア被告の経営状態について
争いのない事実(第2の1)記載の事実及び認定事実によれば,被告の経営状態は,平成9年協約の後も大きな改善はみられず,新就業規則の制定が検討されていた平成13年2月ころは,同年1月のトモテツ不動産設立に伴う借入金の移管により借入金はなくなったものの,依然として厳しい経営状態であり,従前の収益状況をみれば収益の大幅な増加が見込めないことから,経営状態の改善,安定のためには,人件費等の経費の減少を図る高度の必要性があったものと認められる。
被告は,平成12年1月末から2月ころに,本件組合に対し,貸切事業等の分社化等を提案し,平成12年7月には貸切部門を分社化し,平成13年1月に不動産部門を分社化してトモテツ不動産を設立して,被告の負債を全てトモテツ不動産に移管するなど,新就業規則等の制定以外の被告の経営の改善を図る対策をもとっているが,認定事実記載の平成9年度(会計)から平成17年度(会計)に至る被告の経営状態を鑑みるに,これらのみをもって被告の経営状態の十分な改善が図られたものとは認められない。
イ本件就業規則等及びその運用における不合理の是正の必要性
まず,本件賃金規程等には,どのような労働を時間外労働とするかについて明確に定めた基準は見あたらず,その基準を明確化する必要性が認められる。
法律上割増手当の付与が要求される時間外労働は,1日8時間,1週につき40時間の法定労働時間を超えた労働(労働基準法32条,40条)であるが,所定時間を超えた労働につき,時間外労働に準じて割増手当を支払う取り扱い(以下,所定時間を超えた労働につき支払われる割増手当を「準時間外労働手当」という。)がなされたとしても,それ自体が直ちに誤りないし不合理なものといえるわけではない。しかし,法定労働時間を超える労働に対する手当と異なり,準時間外労働手当については,あくまで雇用者が任意にこれを付与するものであるから,雇用者の経営状況等に鑑みて相当の理由があれば,その付与を廃止又は縮小することも認められる性質の手当と解すべきである。そして,前記第3の1 に記載のとおり,平成9年協約締結以後,現在までの被告の経営状況に鑑みれば,人件費等の削減のため,準時間外労働手当の廃止又は縮小すべき相当の理由が認められ,このために新就業規則を制定する必要性も認められる。
ウ小括
上記とおり,被告の経営状況に鑑みれば,経費削減の要請は大きく,その手段として,被告は会社分割等の手段をとったが,それでもなお人件費等の削減をもたらす新就業規則等の制定の必要性は大きいものと認められる。そして,本件賃金規程等及びその運用自体が違法又は著しく不合理なものとまでは認められないものの,前記の被告の経営状況等も加味すれば,新就業規則等の制定当時,時間外労働時間等につき,その基準を明確化し,適法な範囲において割増賃金の対象となる時間外労働時間の算定を行う必要性も高いものと認められる。
以上のとおり,被告には,新就業規則等の制定及びそれに伴う運用の変更についての高度の必要性が認められる。
合理性について
ア新就業規則等の内容
変形労働時間制
争いのない事実(第2の1)記載のとおり,被告が新就業規則38条にて採用する変形労働時間制自体は,労働基準法32条の2に基づく制度であるので,原告らが主張する労働基準法違反の主張は理由がない。なお,争いのない事実(第2の1)記載のとおり,新賃金規程24条1項において「1ヶ月の時間外労働時間は1ヶ月の総労働時間から就業規則第38条に定める1ヶ月の所定就業時間を減じた額とする。」と定め,これに沿った運用をした結果,原告らが各給与の支給日において得られるはずであった時間外労働手当の一部が支払われなかったことはあるもののいずれも後に, ,被告から原告らに対し,上記の支払われなかった時間外労働手当の支払がなされ,以後は適正な運用が行われている以上,変形労働時間制自体に瑕疵があるということはできないし,その運用上の瑕疵も治癒されたものとみなされる。
みなし実働等の労働時間算定の運用について
争いのない事実(第2の1)記載のとおり,被告は,みなし実働について,新就業規則等に明記したり,原告ら労働者に対してその内容及び新賃金規程の施行に伴いこれを行うことを説明することもなくこれを行っており,従前折り返し地点における待機時間が実働時間の一部として扱われていたことに鑑みれば,被告の対応は,原告らに折り返し地点における待機時間を実働時間と誤解させる余地があり,適切さに欠ける対応であることは否めない。
しかし,被告が採用するみなし実働と同様に,折り返し地点での非乗務時間の一部のみを労働時間とする扱いは,広島電鉄及び芸陽バスにおいても採用されている。また,折り返し地点においては,乗務員以外が容易に入ることのできない休憩所や一般の人の使用場所と区別された駐車スペースがあることなどから(証人B,原告A57),折り返し地点における待機時間を休憩時間とし,出発準備等のための一定の時間を労働時間とみなすこと自体は,合理的な扱いであり,被告において乗務員の経験を有するCの陳述書等(甲59,乙54)に鑑みれば,そのみなし実働時間を5分とすることについても合理性が認められる。
高速手当及び開放手当の性質等
高速手当の性質は,その手当が走行距離に応じて算定されることに鑑みると,被告が主張する時間外割増賃金としての性質のみではなく,高速道走行自体の特殊性に対する手当としての側面も有すると解するのが相当であり,時限ストライキなどで法定時間に満たない場合に労働提供された距離全体につき高速手当が発生しないとする,新就業規則等施行以後の被告の運用は,不合理なものであるといわざるをえない。
ただし,高速手当について,1キロメートル当たり9円を7円に減少した点について,当時の被告の経営改善の高度の必要性,高速道走行手当の対象となる職員が限られていること,及び,高速手当の撤廃ではなく,1キロメートル当たり2円の支給率の減少にとどめられていること,平成13年度から平成15年度における原告らの受ける不利益は最大でも延べ28人で合計約82万円(原告ら請求額の9分の2)にとどまることに鑑みると,新賃金規程による改定は,合理的な内容であると認められる。
他方,開放手当については,新就業規則等の施行前においては「乗務員労働態様及び労働時間に関する協定」(甲55)により「一仕業の中にある連続2時間以上の開放」に対し,支払われる手当とされている。
新賃金規程35条においては「あらかじめ指定された所定の勤務における1 回の休憩時間が, 会社の指定する乗合運行の場合は2 時間以上・・・ある場合,その時間を開放時間」と定め,同規程34条により,この開放時間に対して支払われる手当と定められているが,いずれも一日の拘束時間から,所定労働時間7時間15分及び所定休憩時間1時間を差し引いた時間のうち,連続2時間以上の休憩がある場合に発生する手当であり,その性質上,時間外労働割増賃金と同様の性質を有する手当と認められる。そして,開放手当の支給については,法律上求められるものではなく,被告が任意にこれを付与することができるものであること,高速手当が時間外割増賃金の性質を有する手当でもあること,及び上記の被告の経営状況等に鑑みると,高速手当と開放手当の併給を廃止する扱いについては,合理性が認められる。
イ代償措置等
争いのない事実(第2の1)記載のとおり,新就業規則等の施行に伴い,原告らの時間外手当等の支給率が上がったことや,基本給の最低補償額の設定がなされたことが認められ,これらは原告らに利益をもたらすものではあるが,その程度や各規定が適用される頻度等に鑑みれば,これらが後記オ記載の原告らに生じた不利益と見合うものとはいい難い。
ウ労働組合との交渉状況
争いのない事実(第2の1)及び認定事実をみると,被告と本件組合の間で,平成11年7月末から12月ころまで本件労働協約等の改訂をめぐって交渉が行われたが,明確な合意に至っていないこと,平成12年1月ころから分社化と昇給等を中心に被告と本件組合との間で交渉が重ねられ,双方の対立が深まっていること,平成12年11月以後,労働委員会の勧告のもと,被告と本件組合との間で労働協約等につき複数回の交渉が行われたこと,被告が,新就業規則及び新賃金規程制定に先立ち,新就業規則及び新賃金規程を添付して,本件組合に意見を求めていることなどが認められ,被告は,本件組合との間で,新就業規則等の制定について相応の交渉を行っているものと認められる。なお,この交渉において,新就業規則等ないしその運用について詳細な内容説明や協議がなされたことまでは認められないが,平成12年1月ころ以降の被告と本件組合の対立状況等に鑑みると,詳細な内容についての説明等に至らなかったこともやむを得ないというべきである。
エ同業他社の状況
広島県内の同業他社の多くが,みなし実働と同様の実働時間の算定方法をとっていると認めるに足りる証拠はないものの,同業他社の間の規模の差を考慮した上で,前記認定事実から認められる拘束時間と実働時間との割合及び休憩時間の算定方法等を比較するに,新就業規則等の内容は,同業他社に比して特に労働者に不利な内容であるとはいえない。
オ原告らの被る不利益について
休日減について
被告は,87日から78日への9日分の休日減のうち6日分は本件組合との力関係により実質上有給の上乗せとされていた部分の是正であると主張するが,被告と本件組合の合意による本件労働協約には明文で年間休日が87日である旨が規定されているなどの事情に鑑みれば,被告の主張は理由がなく,休日の減少は9日とみるべきである。
そして,労働基準法35条は毎週1日又は4週間を通じて4日の休日を与えるよう定めているところ,1年で78日との定めは,これを満たしており,直ちに違法にはなるものではないが,1割以上の休日の減少となることから,原告らに与えた不利益は軽視できるものでもない。
しかし,被告が,休日減少のうち3日分の労働に対しては相当の手当を支払ったとの当事者に争いのない事実(第2の1 ウ)及び前記の被告の経営状況に鑑みれば,原告らが休日の減少により受けた不利益は,受忍限度内とみるのが相当である。
原告らに不利益が生じたとはいえないものについて
まず,休日代休手当,法定休日代休手当の廃止については,休日の振替規定(新就業規則41条)の制定に伴うものであり,「争点1について」(第3の2)に記載のとおり,平成13年度から平成15年度までの間において振替休日に原告らが勤務したとは認められないことに鑑みると,これにより原告らが不利益を受けたとは認められない。
原告らが主張する法定休日労働手当相当分の不利益についても,「争点1について」(第3の2)に記載のとおり,当該手当に対応する労働提供がない以上,原告らの不利益は認められない。
原告らが主張する休日減少に伴う休日出勤手当相当分についても,前項記載のとおり,休日減少自体が受忍限度内と評価されるものであるから,休日減少に伴い提供した労働についても,休日出勤手当が発生することはなく,この点についても,原告らの不利益は認められない。
原告らの請求額から,前項(原告らに不利益が生じたものとはいえないもの)記載の各手当,及び,原告らが本件賃金規程,新就業規則等とは別個独立の規程に基づくものとして主張している自動昇給相当分をそれぞれ引いた金額は3969万6662円(別紙「基準外賃金請求表」の「請求金額」の「総合計」欄記載の6243万3671円より,「③法定休出」,「④休出代休」,「⑤法定代休」,「⑧休日減請求額」,「⑨自動昇給」の各「総合計」欄記載の各数字を引いたもの。)となるところ,同原告らのうち,同金額を請求している者の延べ人数が170人{平成13年度の原告65人,同14年度及び同15年度の原告延べ132人(各66人)の合計から自動昇給,休日減のみ請求している原告ら延べ27人を引いた。}であることから,最大でも,原告らが1人当たり受け得る不利益は,年にして約23万3500円,月にして約1万9500円となるが,これは,前記の当時の被告の経営状態に照らして,受忍限度内と認められる。
カ小括
以上のとおり,新就業規則等においては,高速手当の支給につき,所定労働時間を超えた場合に限るとした点は不合理であり,また,新就業規則により原告らが受ける不利益に対しての代償措置も十分とはいえない点はあるが,本件組合との相応の交渉を経た上で制定されており,同業他社と比較しても格別不利益ではない,概ね合理的な内容の規定となっていること,及び,原告らが新就業規則等の制定により受けた不利益について受忍限度内と認められることより,新就業規則等については,内容の合理性が認められる。
以上のとおり,新就業規則等の制定については,高度の必要性及び内容の合理性が認められるから,原告らがこれに同意していなくても,規範性が認められる。
よって,平成13年度から平成15年度における原告らの賃金算定の根拠としての効力を有する規範は,新就業規則等となる。

4 争点3について
本件自動昇給の合意においては,争いのない事実(第2の1)に記載のとおり「次年度の自動昇給につい, ては・・・」と定められていることから(甲16),その文言上,本件自動昇給の合意がなされた平成11年3月26日の翌年度である平成12年度の昇給を定めたものと解するのが相当であり,その後の自動昇給についても規定している旨の原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。そして,争いのない事実(第2の1)に記載のとおり,本件自動昇給の合意が平成12年度以降に更新されていないことに鑑みれば,原告らの請求のうち,自動昇給を理由とする部分については理由がない。

5 まとめ
以上の次第で,本件賃金規程等及び自動昇給の合意をその請求の根拠としている原告らの請求は,これらが規範性を有しないため,その余の点について判断するまでもなく,いずれもその理由がない。

6 結論
したがって,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所福山支部
裁判長裁判官杉本正樹
裁判官岡田治
裁判官藤原瞳

(別紙1及び別紙2は省略しました。なお、最高裁HPに掲載されています。)

 

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